オーク
カッツェと一緒に村へ着いた俺は、さっそくギルドへと向かった。
「ただいま戻りました」
「うむ、ご苦労」
「お疲れ様でした、ニールさん」
受付にいた父からもねぎらいの言葉を受けた。
俺から受け取った伝票を確認して微笑む人兎。
「マスター、今回の探索は大成功でしたね。 このペースだと、今月だけで去年の収入を上回りますよ」
「人海戦術を使っても列車からの搬出作業だけで一日掛かっていたからな。 半日で列車を出せたのは良かったな。 フォークリフト一台でここまで作業効率が上がるとは、夢にも思わなかったよ」
二人の視線が、むずがゆい。
「これからも、よろしくお願いしますね。 ニールさん」
「はい、この調子で頑張らせて貰いますよ。 ええと、パークさん」
今更だったけど、今日は作業服姿で帽子に名前があったから助かった。
俺は、人の名前を覚えるのが苦手なんだよなぁ。
道場に入ると、ウォレヌスさんが、右手を上げて出迎えた。
「昨日はご苦労だったな。 ターカーから聞いたよ」
「フォークリフトの運転は久しぶりだったので緊張しました。 あっちの方でもこき使われて、ここに着いたのは、ついさっきですよ」
ちなみにカッツェはずる休……大事をとって休息している。
「その割には元気そうだな。 さっそく奴と組んで貰おうか」
ウォレヌスの言葉に、屈強の男が一礼して近付く。
ブルドッグのような、つぶれた鼻と垂れた頬肉。
樹木の皮みたいにただれている腕が俺に伸びて来る。
某格闘ゲームのようなワンシーンを彷彿させる、非日常な展開が訪れた。
(これに比べたら、柔道の無差別級は、ただの練習試合だな)
相手に片手で放り投げられた浮遊感を感じながら、俺はそう考えていた。
見知らぬ部屋で目が覚めた。
俺が寝ているベッドの他にも一つベッドがあり、清潔なカーテンで仕切られた部屋は、どうやら保健室のようだ。
「起きたようだな」
カーテンを開けて、ウォレヌスが入って来る。
起き上がろうとしたら背中に激痛が走った。
何なんだ、あの化け物は!?
ウォレヌスに問いかける前に扉が開き、問題の化け物がずかずかと入ってきた。
ベッドから逃げ出す間もなく、すぐに追いつかれる。
「再戦、楽しみ」
すごい表情をした(目が笑っている。 笑顔なのか?)相手は、そう良いながら部屋を出て行った。
「はは、気に入られたようだな。 ご愁傷様」
ご愁傷様って、あなた。
「最初から止めてくれって顔だな。 無茶を言うな。 あいつらはオークだぞ、怒らせたら我でも無事では済まん」
「貴方は道場主なんでしょ? 何とか出来なかったんですか」
文句を言いながら違和感を覚えた。
「あいつはオーツという。 我が百人隊長をしていた時、奴は獣人部隊の二十人隊長をしていた」
ウォレヌスの話によると、獣人を集めた外人部隊だそうだ。
「百人隊長と言っても、百人全員を把握している訳ではない。 まず、二十人の中規模な集団を五つ作る。 こうすればオーツのような二十人隊長と四人で打ち合わせをすれば事足りる、という寸法だ。 もちろん我も二十人隊長を兼ねている」
何万人もいる軍隊をよく統率出来るもんだと感心していたけど、学校で例えるなら学級委員や生徒会みたいに代表者がまとめている訳か。
「正規軍が我を含めて二十人隊が四部隊で八十人、そして予備軍としてオーツ二十人隊長が参列して合計百人という事だ。 この百人隊長が二つで中隊、中隊が三つで大隊、そして大隊が十集まってローマ軍団となるのだ。 意外に単純だろう?」
「そうですね。 百人隊長と言うから、百人全員を指揮していたと考えていましたよ」
俺が正直に話すと、ウォレヌスが得意気に笑う。
「場合によっては二十人を五人グループ四組に分けて斥候に出したり警戒させたりするんだ。 基本は四人を指揮すると考えれば気は楽だろ?」
「そうですね。 俺も生前、現場監督をやった時に五、六人と一緒に仕事をしましたから、何となく分かります」
ウォレヌスと話をしていると、何か俺にも総数六千人のローマ軍団を指揮出来そうな気になってきた。
家に着いたのを見計らったかのように昼の鐘が鳴った。
道場で着替えた稽古着を部屋に投げ入れてからリビングで皆と昼食をとる。
「兄さん、お疲れ」
「ああ、全くお疲れだよ。 まさかオーツに投げられるとは思わなかったさ。 まだ背中が痛い」
しかめっ面で椅子の背もたれに背中を押しつけると、ターカーが俺を見た。
「あいつと試合したのか。 よく無事だったな」
「投げられた後、保健室で寝かされて終わりでしたよ。 今日は何の為に道場へ行ったのか分からない」
「運試しに行ったじゃないか? オーツ相手に生き残った奴は、お前が初めてかもな」
耳を疑うターカーの台詞。
「あいつを含めた二十人全員がオークで構成された部隊に襲撃されて生き残れたのは奴隷だけだぞ。 あいつの肌を見たか?」
「ヤケドみたいな跡がヒドかったけど、歴戦の戦士だと思ったよ」
否定するように首を横にふるターカー。
「オークってのは、全員があんな肌をしているんだ。 樫と同じ質感だから、上半身裸で木にもたれかかると同化して見分けが付かない。 下草が武装した下半身を隠してくれるから、よはどカンの良い奴でないと、まず取り囲まれるぞ」
「えっと、それってヤバいんじゃ?」
「仲間が倒されて初めて気付くが既に手遅れ、という寸法だ。 樫の森では敵に回したくない人種の一つだな」
人ごとのように言うターカー。
いやいやいや、オークっつーたらザコキャラの一つじゃなかったのか?
異世界マジ怖えぇぇぇ!