皇帝
鷹の軍杖を持つ屈強な大男が二名並んでレッドカーペットの上を歩く。
それに続く中肉中背の男は、病的な雰囲気を漂わせながらも堂々とした足並みで進む。
紫地に金糸の刺繍が施された長衣を纏うその男はユグルド男爵と共に跪く俺達の前で止まった。
ティベリウス・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス。
第四の皇帝と称される、クラウディウスその人である。
(な、なあ? 何で皇帝様がここにいるんだ?)
俺が目を泳がせていると、目が合った人は(んな事オレが知るか!)と言わんばかりに目をそらす。
静寂の中、護衛の男が移動する気配がした。
「状況は把握した。 遠路はるばるご苦労だったな」
皇帝らしからぬ気さくな物言いに、皆が顔を上げる。
カッツェが目を丸くして、皇帝と俺を代わる代わる見比べた。
桃色の髪に緑の瞳、心なしか雰囲気まで俺に似ている。
周りにいた者も唖然としていた。
それは皇帝の方も同様だったらしく、しばらく呆けていた皇帝は我に返ったように無表情となる。
「君、名前は?」
相変わらずの気さくさで俺に尋ねた。
「ニール・アーカム・タッドマンと言います。 一年ほど前に、ここに転生した転生者です」
なるべく感情を抑えて話したつもりだったが、心臓はもうバクバクだった。
いきなり目の前に天皇陛下が現れて話しかけられたら、多分こうなるだろう。
皇帝の方は、そうかと言っただけでユグルド男爵へと向き直った。
「状況は、おおむね把握した。 本来ならば貴殿の古城へと赴くべきなのだが、どうやら話はそう単純ではなさそうだな。 聞けば奴は我々を単なる経験値だと見下しているきらいがあるとか」
頷く男爵。
「彼奴めは、わがメイドごとユリー子爵を灰にしたばかりか我をも葬らんとしました。 このニールが間に合わなければ、私はここにいなかったでしょう。 その時、ミッター伯爵と話し込んでいましたが、彼は恐らく奴の手に掛かったと思います」
男爵の言葉に、護衛の一人が気色ばむ。
「馬鹿な、ミッター伯爵は生きている筈だ。 これを見ろ、先程送られて来た手紙には身代金を要求しているではないか」
そう言って男爵に突き出された手紙には、確かに巨額な身代金が要求されていた。
そんな護衛にかぶりを振る男爵。
ゆっくりと左手を上げ、指輪を見せる。
「この指輪はミッター伯爵からの贈り物じゃ。 あ奴は我の悪友でのぅ、この指輪でお互いの居場所が筒抜けになっておる。 その指輪は、今反応せんのじゃ。 分かるな?」
男爵の言葉に膝を突く護衛。
「彼は、ミッター伯爵の元に仕えていた奴隷だったんだよ。 伯爵の口利きで、奴隷身分から解放されて、ここにいる。 察してやってくれ」
皇帝の言葉は、周りに静寂を産んだ。
護衛の目に、悔恨の光が満ちる。
俺が伯爵の護衛をしていたら、と。
「ミッター伯爵すら手にかけるとは恐れ入ったな。 これでは公爵の安全も怪しいもんだ」
全員の視線が、俺に集中した。
(しまった)
バーサーの暴挙に辟易していた俺は、つい本音を言葉にしてしまっていた。
「今そうなったら、東西ローマの全面戦争だ。 さすがにそれは無いと思いたいな」
口にしつつも、皇帝は一抹の不安を感じている雰囲気だった。
「これからカルタゴへと赴くこのタイミングで仕掛けるとは恐れ入ったな」
(カルタゴって確か、かつてエジプトの北海岸にあった都市だった筈だ。 俺の知っている史実では紀元前一四六年に第三次ポエニ戦役で消滅したけど、こっちの世界ではまだ存在しているんだな)
考え込んでいたら、皇帝と再び目が合った。
「転生者というのは、自分好みに歴史をねじ曲げるのが好きな種族らしいな。 その結果、お前達の知っているカルタゴも未だに実在している訳だ。 今、下手に動けば東ローマ王国かカルタゴ帝国に後ろを取られる」
そう言いながらため息をはく皇帝。
「かと言って、このまま座して待てば、この二国に挟み撃ちとなる。 最悪の結末だ」
皇帝の言葉に唖然とした。 それって手詰まりじゃないのか?
次に、皇帝はユグルド男爵を見る。
「お前から見てどうだ、この若者は?」
俺を一瞥する皇帝。
「信用は出来ます。 ただ実力が伴わないのが玉に瑕ですが」
手厳しいご意見、ありがとう。
「ならば男爵、君も同行するんだ。 伯爵宛の書簡は、こちらで用意する」
ユグルド男爵と一緒に、俺達も皇帝に一礼する。




