古井戸
襲撃者バーサーが小盾に打ち倒されたと同時に浮遊感を味わったユグルド男爵は、そのまま見えない何かによって外へと連れ出された。
そのまま小山のように積み上げられた瓦礫から生えた庭の木に突進する。
短い悲鳴を上げ、顔を手で覆った男爵は、木の根元にある穴へと引きずり込まれる。
そこは、どうやら井戸らしい。
水に飛び込んだ時、慌てて息を止めたが、少し水を飲み込んでしまったらしい。
むせていると、すぐに水上へ出た。
松明の火が蠢く薄暗い場所で、数名の人間が驚いたように男爵を見る。
「火急の件にて狼藉をお許し下さい、ユグルド男爵殿」
床に倒れていたニールが起き上がり、男爵へ報告した。
男爵と聞いて、その場にいた者は慌ててひれ伏す。
「ご無事で何よりです、ユグルド男爵殿」
ターカーから受け取った懐中電灯で、周りを照らす男爵。
「察する所、どうやらワシは助かったようだな。 礼を言うぞ、ニール」
自分ではなくニールを呼ばれ、ポカンとするターカー。
「『ティンダロスの猟犬』と言います。 見えない霊体となり自由に行動出来るスキルだとか」
ニールの言葉に、満足げに頷く男爵。
「いずれにせよ、ここで談笑する気分にはなれんな。 このまま濡れ鼠では風邪をひきかねん。 着替えは無いのか」
慌てて光の引き出しから上質の衣装を差し出すターカー。
この魔法を後で教えて貰おうと俺は思った。
ターカー宅の奥にある迎賓室で、今後の話し合いが行われた。
隣の部屋で着替えを終えたユグルド男爵とターカーが先に入り、席に着く。
「由々しき事態ですね」
「ここまでとは思わなかった。 星の子に関しては考えを改めるべきだな、ターカー?」
恥じ入るように俯くターカー。
「お前達はどう思う?」
男爵の言葉に、俺は我に返った。
王室の写真を見た事はあるが、この部屋はその王室そのものだ。
壁や柱が装飾品のごとく彫刻され、部屋そのものが一つの作品に仕上がっている。
皇帝から送られたであろう豪華な宝物は、さりげなく置かれているものの、窓から差し込む陽光に浮かび上がり、部屋全体と見事な調和が取れていた。
国立美術館に「王室」というコーナーがあったとしたら、まさにここだろう。
そんな事を考えていた俺は、突然声を掛けられて驚いた。
「は、はい」
返事はしたものの、ここは立ち入り禁止だったよな?
躊躇はしたが、思い切って中に入る。
俺の後から恐る恐る続くカッツェ達も同じ心境だろうな。
「お、おじゃまします」
席に近付くと、ワーラットのメイドさんが椅子をひいてくれた。
古城で見かけた、ユグルド男爵のメイドさんだ。 よかった、逃げ延びてくれたんだ。
「ありがとうございます」
そう言って座った。
皆が着席したのを見計らって、ターカーが検索魔法を操作する。
机の上が古城の俯瞰図になり、そこから光点が古城の外に出て、地面に潜る。
「これが、ニールの経路です」
車のナビが3Dになったようなもんだな。
こんなの、日本にも無かったけど、便利な魔法だな。
画面は村の俯瞰図へと変わった。
ゆっくりと高度があがるように地図が広くなっていき、やがて止まる。
地図の端に光点が現れた。
「この大きな光点の場所に皇帝がいらっしゃいます。 ここはミッター伯爵の居城、そしてここがユリー子爵の居城です」
ふむ、とうなるユグルド男爵。
「見ての通り、お互いの距離が離れすぎています。 敵の仕業だと思われる妨害電波のせいで、通信手段は絶望ですね」
険しい顔をする男爵。
「伝書鳩も飛ばしましたが、その方向で必ず雷鳴が轟きます。 恐らく何らかの方法で察知して排除されたものだと思います」
天を仰ぐ男爵。 恐らく伝令はことごとく奴の経験値になっただろう。
「電車はどうかな?」
皆が一斉に俺を見る。
「電車は、国とギルドの共同運営ですよね? 資材の搬入が盛んな村がいきなり音信不通になって、さらに電車が襲撃されたら外国にいる転生者から見れば一目瞭然でしょ? わざわざ賞金首になる程、奴は馬鹿じゃないと思うけど」
「それだ!」
ターカーが俺を指さした。
「なるほど、普段から馬車馬のごとく働くお前ならではのアイデアだな。 面白い」
微笑む男爵。
「まさか元鼻つまみ者のお前から、そんな言葉が飛び出すとはな。 人間関係もそれなりに良好だし、このプランは成功するだろうな」
こんな時、どうすればいいのか分からない。




