悪魔
いつの間にか床は平面になっており、絨毯のように極細の触手がビッシリと生えていた。
さっきまでのおどろおどろしい雰囲気が消えた部屋を一瞥し、晩餐会に呼ばれた貴婦人のような軽い足取りで扉をくぐる女王様。
その後に続くターカー。
俺も必死で後に続く。 ここで遅れたら、もう付いていけない。
扉をくぐると、そこはRPGに登場するような『玉座の間』だった。
細長い部屋の壁付近には左右に柱が立ち並び、所々に段差がある部屋の奥にある玉座に女の人が座っている。
一見すると、マリーと同じ女王様っぽいが、マリーを見るその表情は険があった。
同族嫌悪って奴か。
良く見ると、女の奇抜な髪型は角のようだ。 という事は、彼女が悪魔か。
悪魔がダルそうに右手を上げると、左右の柱からオーク達が一斉に現れる。
オークの目は異様な光を放ち、悪魔に操られているように見えた。
さすがにマズいと思い、加勢に入ろうとする俺をターカーが制する。
一瞬、『だまって見ていろ』と言わんばかりの眼差しで俺を見て、ターカーが佇んでいる。
そんな様子がしゃくに障ったのか、悪魔は右手を振った。
それを合図に襲いかかるオーク達。
ピシッ!
鞭の音が部屋中に響き渡った。
途端に動きを止めるオーク達が一斉にひれ伏す。
「な、何なの一体?」 驚愕の表情を浮かべる悪魔。
オーク達の背中を踏みしだきながら一歩ずつ近付くマリー。 この人、本物だ。
焦燥感を隠そうともせずに立ち上がる悪魔が再び右手を振ると、天井から何かが落ちてきた。
体長三メートルはありそうな、巨大なスライム状の何かは、床に飛び散った状態を維持しつつ、ゆっくりとこちらに近付く。
ゴミを見るような目を向けたマリーが、赤いロウソクを投げた。
床に刺さったロウソクから蝋が飛び散り、それを浴びたスライムはビクンと跳ねると、慌てて柱に登っていく。
悪魔が玉座から鞭を取り出し床に打ち付けると、オーク達は我に返ったように立ち上がる。
マリーも鞭を床に打ち付ける。
「ご褒美が欲しいのかしら? せっかちな豚は嫌いよ、お待ち!」
マリーの声に反応し、次々と仰向けになるオーク達。
腹を踏みしだかれたオークの中には、イッちゃった奴もいる。
これが、女王様同士の戦いなのか?
悪魔は背を向けると、玉座の取っ手を握って叫んだ。
「申し訳ありませんゾーディンク様、今宵のショーは無粋な闖入者達のせいで台無しになってしまいました。 後日、改めて執り行いますゆえ、お開きにさせて頂きとうございます」
一瞬の沈黙。
なかなか転移しない事に焦りつつ、ゾーディンク様、と続ける悪魔。
すぐ近くで、ターカーが武器のヒモを引くと、エンジン音がうなる。
サイレンのように不気味なエンジン音と遠吠えのような風切り音の二重奏に、思わず振り返る悪魔。
チェーンソーを構えたターカーが、ゆっくりと近付いて来る。
(構わんぞターカー。 続けたまえ)
え? 思わずゾーディンクに聞き返すように玉座を振り向く悪魔。
次にターカーを見た悪魔の目には絶望が浮かんでいる。
「う、嘘よ、そんな……転生者の宣教師。 む、無慈悲な執行人……ひっ、ひぎいぃぃぃぃぃ! ――――! ――――!」
「ニール、大丈夫か」
ターカーに揺り動かされて目が覚めた。
「ここは?」
「お前は気絶していたんだ。 まあ無理もないが。 何ともないのなら帰るぞ」
マリーが壁に出来た光の引き出しにトランクを置いた。
触手……チェーンソー……うっ、頭が。
「無理をするな。 クエストはもう終わったんだから、今は家に帰ってゆっくり休め」
カッツェに肩を貸してもらいダンジョンを出た俺達は、馬車で何とか家に帰った。
「今回はワシの不手際じゃった。済まん」
夢の中で、ばつが悪そうにポリポリと頭をかいていた神様が、俺に向かって頭を下げる。
「転生者達の方は管理していたつもりじゃったが、それ以外は正直お手上げだわい。 この事は先に言うべきじゃった。 真に済まん」
「いいですよ。 済んだ事ですからね。 もう少し早く言ってくれたら覚悟も違ってたとは思いますけどね」
自分でも嫌みったらしいと思うが、こっちだってもう少しで……女王様……ひぎぃ……うっ、頭が。
「お主、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「ああ、大丈夫ですよ。 これからは予告があった時は転生者悪さをしでかす事件が起こり、そうでない時も転生者とは無関係な事件が起こる可能性があるから警戒は怠らないようにする、で良いんですよね?」
頷く神様。 まあ、転生者が起こすトラブルの方がヤバいから、事前に危険度が分かるだけでもありがたい。




