プロローグ
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一面の闇が広がった。
耐えがたいほどの圧迫感で全身が拘束され、息が出来ない。
黒一色に染まった視界に、鼓動に合わせるような稲光が走る。
何で俺、こんな事になったんだ?
確か俺、作業小屋で寝ていたよな?
二十歳になって、初めて現場監督を任されて。
三日目、そうだ三日目に現場の下見をしようと、小屋に寝具を持ち込んで頑張ったんだ。
夜中に小屋の中を懐中電灯で照らすバカがいたから注意しようと外へ出た途端、いきなり頭をガツンと……
待て、待てよオイ、ここは土の中かよ!
まさか、死んだと思って埋められてんのかよ。
誰か、誰か、助けてくれぇぇぇ!!
ふと、体が自由になった。
荒い息づかいをなだめるように、ゆっくりと呼吸を整える。
不協和音を奏でる鼓動が収まるにつれ、周りの闇が薄くなっていった。
部屋の隅に光がわだかまり、そちらから人の話し声が聞こえる。
(テレビ、付けっぱなしで寝てたのか)
「だってぇ、転移した途端、ヤバそうな奴等と鉢合わせするなんて思わないよ。 転移って、五分経たないと再転移出来ないんでしょ? そんな事になったらパニクるでしょフツー」
女の子の声が聞こえた。
何か知らんがヤバそうな奴等といきなり出会ったらまあ、そりゃパニクるわな。
「だからと言って奴にヤバそうな奴等をなすりつけるでない。 お前の任務は何じゃ?」
爺さんのような声も聞こえる。
横柄な物言いだな。
まるで俺の上司みたいだ。
「ここの人間を転生させて異世界に拉致する事です」
何てテレビ番組だ。
そりゃあ変な夢も見るわ!
光の方に寝返りを打つと、そこには爺さんと女の子がいた。
闇の中にいる二人を照らし出すように、そこだけに光があった。
電柱の下で立ち話をしているかのような、不自然な光の空間。
光の中で、ローマ時代のような格好の二人が会話していた。
こちらを向いて立っていた爺さんが目を見開き、女の子がカラクリ人形のようにぎこちなくこちらを振り向く。
「ハーイ」
ハーイ。
愛想笑いを浮かべたつもりだが、自分でも頬が引きつっているのが分かる。
白いカーテンを羽織ったようなゆったりとした服の爺さんが、咳払いを一つ。
「お主をここに連れて来たのは他でもない」
「死んだからだろ?」
沈黙。
……マジか? マジで死んじまったのかよ俺!
ピンクのワンピースを着た女の子が、さりげなく爺さんに近付き、耳打ちをする。
「ねえ神様、結果オーライじゃない? こいつにしちゃいましょうよ」
聞こえてますよ?
再び咳払いをする爺さん。 女の子に神様とか言わせるあたり、本物だろう。
どちらの意味でも、だ。
「結果的に、お主を殺す事になってしまった。 不本意な事だとは言え、済まなかった」
そう言いながら頭を下げる神様。
隣にいた女の子も、素直に頭を下げる。
「あ、いえ、もういいですよ。 頭を上げて下さい」
今まで読んだ小説が確かなら、これは異世界転生だ。
思えば今まで下らない人生だったよなぁ。
両親が共稼ぎの一人っ子で、勉強も出来ず運動神経も人並み。
やっと合格した工業高校の土木科で資格を取り、三流会社に就職。
同僚達が無資格揃いだったから現場監督が回ってきたのが真相だからなぁ。
冷静に考えると、先の見えるレールから外れたのは、逆にラッキーだったんじゃないか?
これからチート能力とか貰って第二の人生を送れるんだろ?
なるべく平静をよそおって神様と女の子に向き直ると、笑みを浮かべた二人が目くばせをしつつ右手の親指を突き出していた。
咳払いをする神様。
「実は異世界転生するのは、お主が最初ではない。 実は既に五十人ばかし転生しておる」
多いな。
「そのせいで、異世界を何編かに分ける事にしたのじゃ。 ジグソーパズルは分かるな? 世界を国
《ピース》に分ける事で管理しやすくした訳じゃが」
国盗り合戦に参加しろ、とか言わないよな?
そんな俺をじーっと見る神様。
「お主、鋭いな。 じゃが、国盗り合戦ではない。 そうならないようにして貰いたいのじゃよ」
恐怖を感じた。
俺の心を読めるのか? この爺さん、マジモンの神様かよ!
満足げに頷きながら続ける神様。
「神とは名ばかりじゃな。 ワシは世界を作り、空と陸と海を作り、あらゆる生物を作った。 じゃが所詮は地球の劣化コピー、ワシが作ったモンスターのせいで人間が三度ほど全滅しかけたのじゃ」
神様怖えぇぇぇぇぇぇぇ。
「そこで、お主のように異世界転生をした人間にワシの力を授け、モンスター共を退治して貰っている訳じゃが、あ奴らは最近、お前の言う国盗り合戦を始めおっての」
「殺る気MAXの(ピーーー)達を仲裁しろと? 警察を転生させろよおぉぉぉぉ!!」
俺の絶叫にビビったのか、しばらく沈黙する神様。
「ワシもそう思った。 そこで警察官や自衛隊員、さらに政治家達にも異世界転生してもらった結果が今の戦国時代じゃ」
アカン、政治家はアカン。
中には世界大戦を始めたがっている本物も紛れ込んでいたんだよ?
「まさか、既に独裁国家が現れたとか言わないよね?」
俺の言葉に硬直する神様。
「無理。 少なくとも俺には無理。 ていうか、世界って詰んでないか?」
たそがれる神様。
「もうやめて、神様のHPはもう0よ!」
俺と神様の間に割り込んで叫ぶ女の子。
俺? 悪いのは俺なのか?
「ありがとうマリーよ。 じゃが、こんな世界にしたのは他ならぬワシなのじゃ」
「そんな、神様ぁぁ!」
「マリーー!」
いきなり始まる三文芝居。
あー、分かった分かった。
「俺が何とかします。 どうなるか、なんて分からないから断言出来ないけど、出来るだけやってみせますよ」
ふう、これでいいんだろ?
こっちを向いて頷く二人。
「君なら、そう言ってくれると思っていたよ。 ありがとう」
「お兄ちゃん、ありがとう」
マリーちゃん、もう一回言って。
神様から、検索の魔法を教えて貰った。
必要な情報は、いつでも閲覧出来るという代物で、他人には見えないパソコンが空中に浮かんでいるのをイメージすると分かりやすいそうだ。
攻略本を片手に冒険出来ると考えると、余裕でクリア出来そうだ。
ただ、最終目的はあくまでも冒険者達の仲裁というのは問題だな。
まあ、それまではダンジョン攻略でも励むか。
「あ、そうだ。 チート能力は?」
「その事なんじゃがな、とりあえずレベルが上がってから考えるというのはどうじゃな? 最初の段階で決めた後、「やっぱり、こっちの方が良いです」と泣き付かれた事もあってのぉ」
なるほど。
「それじゃあ、転生後の外見は選べるんでしょうか? 俺、イケメンを渇望します!」
俺をまじまじと見つめ、右手で顔をおおう神様。
「……分かった。 それだけは神の名にかけて保証しよう。 もう苦しまなくても良いのじゃぞ?」
怒ってもいいんだよね?
「時々、マリーをメッセンジャーとして遣わすからの。 よろしく頼むぞ」
神様の粋なはからいに怒りを忘れた。
「ありがとう神様。 それじゃあマリーちゃんは、天からの使いだから、天使だね」
俺の言葉に、戸惑うマリー。
「よろしくたのむぞ」という神様の言葉に頷き、異世界へと通ずる扉をくぐる。
これからどうなるのか分からないが、きっと生前よりもずっと素晴らしい人生が待っている事だろう。