伝わる想い
「…でも、こんな自分勝手で、嫌なことばっかり考えてる私なんて…」
「好きだよ」
勇気を出して伝えたものの、でも…という思いが零れそうになった時、レオンハルトさんのはっきりとした声が、耳に響いた。
信じられない思いでもう一度見つめると、そこにあったのは、嬉しそうな笑顔で。
「自分勝手?それがどうした。俺だって、同じこと考えてる。今日もルリの可愛い姿や恥ずかしがる仕草を他の奴に見せたくない、なんて独占欲にまみれた考えを何度起こしたことか。恋することが綺麗事だけではないなんて、もう知っている。それでも俺は、貴女が好きなんだ」
「わ、私だって、今日町でたくさんの綺麗な人がレオンハルトさんを振り返るところを見て、嫌な気持ちになったし、みんなに見せたくないから素敵に笑わないで欲しいって思ってた。それは、こんなモヤモヤした気持ちも、一緒なの?」
「ああ、そうだ。寧ろ、俺の方がもっと酷いことを考えているかもしれない。ーーーこんな俺は、嫌いか?」
そんな事、そんな優しい顔で言うなんてずるい。
「す、きです。同じ気持ちが、嬉しい」
「ああ、俺もだ。…これを、受け取ってくれるか?」
優しく手を取られると、薬指に何かがはめられた。
それは、シンプルなデザインの華奢な指輪。
「いつかラピスラズリを嵌めた物を贈る。それまで、ここは予約だ」
家名の宝石を贈る、その意味。
それを思い出して、嬉しくて涙が零れた。
ひとしきり泣いて、落ち着いた頃。
バッグに入れておいた小箱の存在を思い出した。
「あの、これ…」
おずおずと差し出すと、何だ?と首を傾げられた。
「チョコレートなの。でも、甘いの得意じゃないでしょ?お酒入りの、大人な味にしてみたから大丈夫だと思う。あのね、私たちの世界にはバレンタインデーって言うのがあって、女の子が好きな人にチョコレートを渡して気持ちを伝える日があるの。ちょうどこれくらいの時期だなって思い出して作ってみたんだけど、受け取ってくれる?」
「良いのか?勿論、有り難くもらう。今、開けて食べてもいいか?」
「えっと、ど、どうぞ…」
う…目の前で食べられるのは反応が気になってドキドキするかも…。
そんな私の気持ちなど露知らず、レオンハルトさんは綺麗に包みをほどいて一粒摘まむと、躊躇いなく口に入れる。
「!美味い。それに、これは…」
「え?ど、どうかした?何か変だった!?」
何か変な物でも入っていたのかと慌てて尋ねたが、戸惑うような顔で予想外の言葉が返ってきた。
「今までの物よりも、回復量が半端じゃない。自分ですぐ気が付くレベル、恐らく全回復に近い」
「…へ?」
「ルリ…一体何をしたんだ?」
な、何にもしてませんけどーーー!?
その後鑑定でレオンハルトさんのステータスを見てみたら、本当にHPが全回復していた。
確かにあれだけ忙しそうにしていたのだから、きっと疲れて体力も低めになっていたはずなのに、だ。
レオンハルトさんの言うように、半端じゃない回復量なのだろう。
このチョコ一粒で。
自分の作ったウイスキーボンボンをまじまじと見つめるが、特に変わった所はない。
「これを鑑定してみると良いんじゃないか?」
「あ、なるほど。じゃあちょっと失礼して…"鑑定"」
************
*ウイスキー・ボンボン*
洋酒入りのチョコレート
癒しの聖女による想いが込められている
効果:HP全回復
************
………………。
「HP全回復って、書いてある」
「それだけか?他には?」
「ほ、ほか?」
他って…"癒しの聖女による想いが込められている"ってコレ!?
いやいやいやいや!!!
恥ずかしくて言えないから!!!
「ルリ…」
そ、そんな目で見ないでーーー!!!
結局私がレオンハルトさんに勝てる訳がなく…。
吐かされましたとも、ええ。
だ、だって言わないとすごいことする、とか言うんだもの!
すごいことって何!?って思ったし聞きたかったけど、怖くて聞けなかった。
だから、仕方なかったのよ…。
その上ワンピースの色の事まで聞かれて、恥ずかし過ぎて死にそうだった。
「ルリ、着いたぞ」
そんな私の心情を知ってか知らずか、レオンハルトさんは至って通常モードで話しかけてくる。
因みに帰りはラピスラズリ家の馬車に湖の近くまで迎えに来てもらったので、屋敷に着くまでただ乗っているだけで良かった。
結構距離はあったのに、色々考えていたらあっという間に着いてしまった。
「お帰りなさいませ、レオンハルト様、ルリ様」
門前に馬車を停めて降りると、セバスさんがすぐに出迎えてくれた。
ーーーと、何故かレオンハルトさんと見つめ合っている。
互いに頷き合って会話?は終了したらしい。
「お疲れではないですか?どうぞ夕食までお部屋でお寛ぎ下さい」
にこりと微笑まれたので、何も言わずにお言葉に甘えることにしよう。
「ああルリ、部屋まで送る。その後、私は王宮に向かう」
「あ、ありがとう。でも、忙しいなら…」
「いいから。私がやりたいんだ」
そ、それならお願いします…。
セバスさんが生暖かい視線を送っているのには気付かないふりをして玄関を開けてもらう。
「おかえりなさい、るりせんせい、れおんおじさま!」
「お帰りなさい。デート、楽しかったですか?」
「で!?や、うん、楽しかった、よ?」
玄関ホールではリーナちゃんとレイ君も迎えてくれたのだが、レイ君の口からデートという単語が出てきて吹き出しそうになる。
まあ、デートで合ってはいるんだけども!
一人でぐるぐる考えていると、これまたレイ君とレオンハルトさんが目と頷きで会話している。
今度は何故かレイ君が親指を立てているけど…。
「おじさま、あしたはるりせんせい、わたしにかしてくださいね!ぜったいですよ!!」
「ああ、分かっている。リリアナも、ありがとう」
ぷうっと膨れたリーナちゃんも可愛…じゃなくて!
私は貸し借りするものなんですか!?
「まあお気になさらずに。引っ張りだこなのは人気があるということですから」
レイ君のフォローが身に染みます…。
「今日はありがとう。忙しいのに時間作ってもらって、ごめんね」
「いや、俺も早く会いたかったからな。寧ろ遅くなって悪かった」
「ううん。…また、すぐ会える?」
一日一緒にいたからだろうか、部屋の前に来ていざ別れの時間になると、寂しさが込み上げてきた。
そんな事を言うのが意外だったのか、レオンハルトさんが珍しくぽかんとした。
「っ、な、何でもない!送ってくれてありがとう。またね」
恥ずかしくなって慌てて扉を開けると、後ろからぎゅっと抱き締められ、部屋の中に連れ込まれる。
「れ、レオンハルトさ…」
「レオン」
「え…?」
「やっと思いが通じたんだ、そろそろそう呼んでくれても良いだろう?以前練習したのに、ちっとも呼んでくれないからな。ほら、呼んでみて?」
耳元で響く甘い声に、背中がぞくぞくして、逆らえない。
「レ、オン…」
「うん」
「レオン…」
「ルリ、好きだよ」
そうして一度、込められた力が強くなったかと思うとふっと温もりが離れていきーーー
優しく、唇にレオンのそれが触れた。
そうして、私達はこの日、恋人になった。




