伝えたい気持ち
露店商には様々な雑貨やアクセサリー、日用品などが置かれており、ただ見ているだけでも楽しい。
物珍しさにキョロキョロしてはぐれそうになると、レオンハルトさんがすぐに手を繋ぎ直してくれて、また頰が赤くなる。
それにしても、さっきからどの店に行っても私好みの物が多くて、楽しいけど困る。
無駄遣いは嫌いな方なのに…誘惑に負けてしまいそうになる心をぐっと堪えるのに一苦労だ。
レオンハルトさんがそれくらい俺が買うぞ?と毎回のように言ってくれているが、いやいや、そんなホイホイおねだりなんてできません。
でも普段使いにちょうど良い髪留めとかアクセサリーにはかなり惹かれた。
ラピスラズリ家で貸してもらえるけど、どれも高価そうで普段遣いには…ねえ?
それにこういう細々としたアクセサリーが好きなので、ついつい目が行ってしまうのだ。
一応女子ですからね。
結局、そんなに高くないシンプルなデザインの髪留めを買って、あとは見て楽しむだけにした。
「さあ、そろそろ昼時だな。何か食べたい物はあるか?」
「うーん、やっぱり人気のある物は食べたいな。あとは…レオンハルトさんの好きなもの、教えて?」
好きな人の好きな食べ物、知りたいと思うのは普通だよね?
好みが分かれば差し入れも考えやすいし。
そんな事情もあって聞いたのだが、何故かレオンハルトさんは少し驚いた素振りを見せると、嬉しそうにふわりと笑った。
そんな顔、あまりしないで欲しい。
ドキドキして落ち着かないし、周りの女の人が頬を染めるから。
私だけに見せて欲しいって思うのは、独占欲だろうか?
私、いつの間にレオンハルトさんのことをこんなに好きになってたんだろう。
屋台では定番だというサンドイッチや串焼き、それとなんとピラフ風の物を買った。
お米、あったんだ。
西洋風の世界だから勝手に無いものだと思っていたんだけど、どうやら輸入されているらしい。
屋台でも珍しいんだって。
見つけた瞬間すごく興奮して、レオンハルトさんに笑われたけど、日本人の米への愛着をバカにしてはいけない。
今度ご飯ものを作って、美味しいって言わせてやるんだから。
「ほら、見えてきたぞ」
「わあっ!すごい、綺麗!」
もう一度辻馬車に乗って向かったのは、町から少し走ったところにある湖。
側に森があるけど、私たちが来てからほとんど魔物が出なくなったので、穴場のスポットになっているらしい。
確かに人気はない。
水が透き通っていて、まるで妖精が現れそうな神秘的な雰囲気だ。
「このあたりにしよう」
レオンハルトさんの声に振り向くと、何やら呪文を唱えて少し大きめのドームを作ってくれた。
イメージは、透明のかまくらみたいな感じだ。
「すごい。これ、どんな魔法なの?」
「水で膜を張って、中に温めた風を送っている。中に入ると結構暖かいぞ」
そう言われて中に入ると、本当にポカポカしていた。
透明の膜なので当然明るいし、かなり快適だ。
大きめの石にシートを引いて、椅子のようにして座ることにした。
「寒くないならコートを脱いだらどうだ?汚すと困るだろうし」
「あ、そうだね」
言われて何も考えずにコートに手を掛けたが、ちょっと待てよと手が止まる。
コートで隠れていたから思わなかったけど、可愛らしいワンピースで、しかもレオンハルトさんの瞳の色に合わせた服を全て晒すことになる。
…正直、ちょっと恥ずかしい。
「?どうした?」
「い、いや何でもない…」
突然固まった私に、レオンハルトさんが不思議そうにしたので、ええい、ままよ!とコートを脱ぐ。
気にしたらダメだ、恥ずかしがったら負けだと自分に言い聞かせ、コートを脇に置いて座り直すと、少し目元を赤らめたレオンハルトさんが私を見下ろしていた。
「似合ってるな。とても、可愛い」
「あ、ありが、と…」
「「……………」」
ま、またこの空気になってしまった。
「そ、そうだ!せっかく買ったんだし、冷める前に食べよう!?お腹空いたな」
「そうだな、頂こう。そう言えばビッグボアの串焼き、食べてみたいと言うから買ったが、ルリは魔物を食べることに抵抗ないんだな」
「あ、うん。魔物自体を見たことないからかな?前もサンダーバードの唐揚げを食べたけど、美味しかったよ」
レオンハルトさんがいつもと変わらないので、私一人であわあわしているのはおかしいと、意識して平静を装う。
魔物ね、魔物。
うん、見た目もあまり変なところないし、大丈夫よ。
「そうか。俺も遠征に行くまで食べたことは無かったが、そんなに悪くないと思ったからな。町に下りた時もよく食べるんだ」
「そうなんだ。うん、良い匂い。いただきます!ーーーわあ、ジューシーで美味しい!」
味も食感もイノシシだ。
ジビエ肉だと思えば別に抵抗もない。
むしろ噛み応えがあって男性には好まれるだろう。
そして期待のピラフ、これも久々のお米に涙が出そうだった。
輸入品を多く取り扱う店で手に入るとのことなので、絶対に取り寄せてご飯を炊こう。
涙ぐむ私をそっと撫でてくれた手の温かさが、暫く背中に残っていた。
その他にもレオンハルトさんおまかせで買ったものは本当に全部美味しくて、お腹いっぱいになるまで食べた。
食べ終わって、二人きりの静かな環境。
話すのは、今、だよね。
「…この前、アメリアさんに会った時のこと、聞いてくれる?」
「…ああ、いくらでも」
穏やかに頷いてくれたのに安心して、私はぽつりぽつりと話し始めた。
アメリアさんとオリビアさんのこと。
アメリアさんの想い。
自分の気持ち。
「…私、情けないけど、アメリアさんに教えてもらったの。今までこの関係が変わることが怖くて、逃げていただけだって。でも、あのパーティーで、あんな風にアメリアさんの気持ちを聞いて、レオンハルトさんを譲ってって言われて、絶対に嫌だと思った。勝手だって言われても、今更って思われても、それだけは譲れなかった。だから、あの時自然と口にしていたの」
それまで俯きがちだった顔を上げて、しっかりとレオンハルトさんを見る。
綺麗に整った白皙の美貌。
冷たく見えるけれど、その奥には温かい光の宿る瞳。
でも、それだけじゃない。
自分を責めてしまう程の優しさ。
意外と面倒見の良いところ。
穏やかに笑う、温かさ。
「私は、レオンハルトさんが好きです」
そのままの貴方が。




