初デート
約束してから一週間と少し経った公休日。
朝は寒いけど、とても良いお天気だ。
朝、遅めの時間に迎えに来てくれるというレオンハルトさんを、私はラピスラズリ家で待っていた。
「はあ…緊張してきた…。服、結局選んでもらったものを着たけど、これで大丈夫かな…」
因みに髪と化粧もマリアが綺麗にしてくれた。
デートだけじゃなくて告白までするのなら、思いっきり気合いを入れないと!!と頑張ってくれたのだ。
こ、告白で合ってるんだけど、何というかこのむず痒い感じは何だろう。
しかも気合いバッチリで決めているのがさらに居たたまれなさを増長させる。
張り切り過ぎだと思われないかなとか、まだ付き合ってもいないのに瞳の色に合わせた服を着るなんてとか、とにかく色々な不安が頭に浮かぶ。
恋する乙女は難儀な生き物だ、と誰かが言っていたが、その通りだ。
「あと、これも。受け取ってくれるかな…?」
昨日の夜用意した小箱をきゅっと握りしめた。
「ルリ!来たわよ!!」
「はひぃっ!わ、分かった」
とかなんとか悩んでいるうちにレオンハルトさんが来てくれたようだ。
マリアがコートを羽織らせてくれて、しっかりね☆とウインクする。
かろうじて返事はしたものの、上手く話せるか不安しかない。
そんな事をぐるぐる考えながら歩いていると、あっという間に玄関ホールに着いてしまった。
待っていたセバスさんが扉を開いてくれると、そこには少し裕福な町人風の服装をしたレオンハルトさんが立っていた。
「ルリ」
優しく私を呼ぶ声は甘さを含んでいて、心地良く感じると共に、落ち着かなくもある。
名前を呼ばれただけなのに、胸がきゅうっとなってドキドキが止まらない。
「お、はよう」
「あ、ああ、おはよう」
まずい、いきなり変な空気になってしまった。
私の姿を見たレオンハルトさんは、一瞬眼を見開くと、挨拶だけを交わして黙ってしまった。
やっぱり、着飾り過ぎて引かれちゃったかな…。
「うおっほん!」
っ!!!びっくりした。
セバスさんが何故か咳払いをしてレオンハルトさんを見る。
レオンハルトさんはそれで何かを察したらしく、こちらもこほんと小さく咳払いをした。
「ああ、すまないな。とても可愛いらしく装っていたので驚いたんだ。…すごく似合ってる」
「あ、ありがとう…」
少し照れたように笑うレオンハルトさんに、私も素直にお礼を言う。
ちょっと恥ずかしいけど、褒めてもらえたのはすごく嬉しい。
「さあ、じゃあ行こうか。暫く歩くぞ」
そう言って差し出された手をおずおずと取り、いつの間にかいなくなっていたセバスさんに気付くこともなく、私たちは歩き始めたのだった。
「ルリ、そろそろ着くぞ」
「あ、見えてきた!この辺は初めてかも」
途中で乗った辻馬車の中から見える景色に、私は歓声を上げる。
今日向かったのは、屋台などの露店商がたくさん並ぶ町。
そう言えば、こういうところで買って食べたりとかしたことがない。
元の世界では旅行とか行くと、こういう通りで買い食いするのが楽しみでもあった。
「暫く露店商を見て回って、昼は屋台でいくつか買って近くの湖で食べようかと思っているんだが…外で食べるのが嫌いでなければ」
「ピクニック?そういうの好きだよ。あ、でも寒くないかな」
天気も良く暖かめの日だと言っても、まだまだ冬だ。
「大丈夫、魔法でドームを作るから」
「あ、なるほど」
それならばピクニックに賛成だ。
「こっちの世界の露店商なんて初めてだから、ワクワクしちゃう。屋台も、美味しい物たくさんあるんだろうね」
「ああ、見たいものや食べたいものがあれば遠慮なく言ってくれ。案内する」
あれ、この発言からすると、こういう場での買い物にかなり慣れているようだ。
侯爵家の人間にしては珍しいのではないだろうか?
「まあ、団員と町を歩くことも多いからな。あとは、幼い頃に兄上に連れられてよく屋敷を抜け出していたんだ」
レイモンドやリリアナには内緒だぞ、と悪戯に笑うレオンハルトさんに、私も笑いを返した。
馬車を降りた私たちは、暫くお店を見て回っていた。
…手を繋いで。
はぐれるといけないからと言われたが、はっきり言って恥ずかしい。
でも、大きな手にしっかりと握られるのが嬉しくもあり…。
結局、ずっと繋いだままだ。
因みに平民に扮しているとは言え、明らかに貴族風の雰囲気を醸し出しているレオンハルトさんは、完全にお忍び感満載で。
やっぱりチラチラと女性からの視線をたくさん感じたが、今日は何故か諦めたような表情をする人が多い。
手を繋いでいるからだろうか。
お似合いだね、なんて声が聞こえてきたのが少し嬉しかったのは、秘密だ。
はっきり言って、今日のルリは可愛い。
パーティーの時も煌びやかに着飾って綺麗だと思ったが、今日は市井に行くということもあり、町人風のワンピースで可愛らしく装っていた。
恐らく髪を結ったり化粧を施したのは、マリア辺りだろう。
ルリの可愛さと美しさを引き立てるものになっており、良い仕事をしたと褒めたくなる。
そんなルリが時折見せる、恥ずかしそうに俯いたり赤くなる姿に、胸が早鐘を打つ。
様々な顔を見せる彼女の、新しい姿を見るたびに驚き嬉しく思うのは、やはりそれだけ彼女を愛しいと思っているからだろう。
しかし、そんなルリの姿に目を奪われるのは俺だけではない。
リリアナの誕生パーティーでもそうだったが、馬車乗り場や町の至るところで男達の視線を感じる。
隣に立つだけでは牽制として弱いか、と思い至り、馬車から降りると手を繋ぐことにした。
戸惑う様子が可愛らしかったが、他の男に見られたくはないので、あまりそういう顔をしないで欲しいとも思う。
だが、少しすれば慣れてきたのか、ルリも徐々に普段の調子を取り戻していった。
牽制の意味もあったのだが、触れていたいという気持ちもあったので、やはり手を繋いで正解だった。
こんな穏やかな時間が、手を繋ぐ一時が、今日から"当たり前"になると良い。
コートの隙間から少しだけ見えるワンピースが俺の瞳と同じ色なのは、偶然でないのだと、その口から聞きたいと願う。




