約束
トパーズ邸を訪問した翌日、私はシトリン伯爵との公園設立の打ち合わせのため、王宮に呼ばれていた。
とりあえずお仕事の話をしたのだが、少し時間が余ったので二人でお茶を飲んでいると、伯爵が徐に口を開いた。
「先日は、素敵なパーティーをありがとう。…しかし、色々あったようですね。孫から聞きましたよ。家の縁者が申し訳ありませんでした」
苦笑して謝って下さったが、その必要はない。
「いいえ!私こそ、大切な事に気付かせて頂いて。ふふ、お孫さんーーーオリビアさんも、従姉妹思いの素敵な方ですね。伯爵の身内の方は皆優しい方ばかりで、お知り合いになれて嬉しかったです」
「そう言って頂けると助かります。オリビアも、貴女をとても素敵な方だと褒めていましたよ。仲良くしてやって下さると嬉しい」
それが本当ならとても嬉しい。
ちょっと歳は離れてるけど、お友達になれたら良いな。
「ああ、それとゲームで頂いたジャムも、美味しく頂いています。どうやらパーティー以来、バンレイシは貴族の間で話題になっているらしいですよ。商人達は輸入量を増やすのに躍起になっているとか。貴女が仕入れたという青果店も、それはもう大繁盛だと聞いています」
「ええ!?そうなんですか?ま、まあお店の宣伝になったのなら良かったですけど…」
「それと箱パンも。家で取り入れ始めた貴族が多いそうです。平民の間で箱パンのサンドイッチが流行るのも時間の問題でしょうね」
な、なんと…。
まあ平民の食文化が貴族に受け入れられるのは良いこと、だよね?
意外にも甘党だと言うシトリン伯爵とは、リーナちゃんと作ったクッキーをお裾分けして別れた。
孫娘と作った差し入れは、もう打ち合わせの時の定番となりつつある。
まあ外孫だとなかなか会う機会ないだろうしね。
今度はレイ君も巻き込んで何か作ろうかな。
「今日も伯爵は大変お喜びでしたね。あと、そちらも」
アルが私の手元にある荷物を指してにっこりと笑う。
「…今日は、差し入れるだけよ?」
お仕事中だもの、ちょっとだけよ。
「おや、青の聖女様。お久しぶりですね」
「あ、ウィルさん。ご無沙汰してます。そうだ、これもし良かったら皆さんでどうぞ」
第二騎士団の団長室を目指して廊下を歩いていると、タイミング良く団長室から出てきたウィルさんに出くわした。
丁度良かったと思い、クッキーの包みを渡すと、苦笑されてしまう。
「貴女もまめな御方ですね。我々に気遣いなど無用ですのに。レオンにだけ心を砕いて下されば、それで良いのですよ?」
「え、えーと、せっかく騎士の皆さんと仲良くなったので。たくさん作りましたし。…ご迷惑でしたか?」
ひょっとして配るのが面倒だったかな?と心配になったのだが、それは杞憂だったらしく、すぐに否定された。
「そんな事はありませんよ。休憩室に『一人一枚』と書いて置いておけば良いだけですからね。貴女の作ったものは美味しいし、何故だか甘いものが好きな者が多い事ですしね。ただ、個人的には余所の男共を気遣うよりもさっさとレオンとーーー」
「あ!あーっと、団長室!レオンハルトさん、今いらっしゃいますかね!?」
ここでも責められそうな雰囲気になったので、慌ててそう問う。
ウィルさんはくすくすと笑ったが、どうやら見逃してくれるらしい。
「おりますよ。是非会ってやって下さい。但し、護衛騎士はちゃんと同席させて下さいね?」
「?はい、勿論です」
最後のはどういう意味だったのかよく分からなかったが、アルは意図が分かったのか苦虫を噛み潰したような顔をした。
うーん、まあアルが気にするなと言ったので、そっとしておくことにしよう。
「ルリ?来てくれたのか」
扉の前にいた警備の騎士さんにお願いして中に通してもらうと、レオンハルトさんは山のような書類に埋もれていた。
…そう言えば、最近ずっと忙しそうだったもんね。
この机の上の書類の量を見ると、納得せざるを得ない。
「忙しい時にごめんなさい。手短に済ませるから。あ、これ差し入れ。どうぞ、休憩中にでも食べてね」
今日の中身は、昼食用に箱パンのコロッケサンドと、非常食用にブランデーを効かせたフルーツケーキだ。
ウィルさんはあんな事言ってくれたけど、完全に特別扱い、しっかりみんなと差をつけてしまっている。
「それは有難い。今日も美味そうだな。昼休憩に頂くよ」
嬉しそうに受け取ってくれる姿を見ると、胸がきゅうっとなって、自分でも顔が赤くなるのが分かる。
会うのはパーティー以来だし、ドキドキしてしまうのも仕方のない事だろう。
…いや、ドキドキする原因はもうひとつある。
「あの、昨日アメリアさんと話をしたわ。従姉妹のオリビアさんも交えて、お互い思いを伝え合って、納得いく話し合いが出来たと思う。えっと、なので…」
何と言えば良いのだろうかと言葉に詰まっていると、レオンハルトさんが口を開いてくれた。
「…そうか。ならば、近日中に時間を作るから、一緒に市井に行かないか?二人で、町を歩きたい」
報告すると、ほっとしたような穏やかな顔でそう誘ってくれた。
「う、うん!私も、行きたい」
「決まりだな。日時はまた知らせる。明日にでも、と言うことが出来なくてすまない」
「そんな事ないよ。忙しいのに、ありがとう」
良く見ると疲れた顔をしている。
無理をしなくても良い、仕事が片付いて、ゆっくり出来るようになってからで。
仕事の邪魔になってはいけないしこの辺りで失礼しよう、そう思って席を立ち、部屋の扉を開こうと手を掛けると、ふっと後ろから影がかかり、手を重ねられる。
「ルリ」
名前を呼ばれて反射的に振り向くと、間近にある熱を持った双眸と目が合った。
「デート、楽しみにしている。…やっと、返事も聞けるな」
呆れたように息をついたアルの顔は覚えているのだが、そこからどうやってラピスラズリ邸に戻ったのかは、あまりよく覚えていない。




