女子会2
「…そろそろ私も話して良いかしら?」
「あら。ごめんなさいねアミィ、つい」
にこりと微笑んだオリビアさんは、紅茶に口をつけて聞く体勢になる。
「…聖女様は、レオンハルト様のことが好きなんですよね」
直球の質問にぐっ、とのけ反ったが、年下の子に真剣な表情で問われてしまっては、恥ずかしがって答えないわけにはいかない。
「…はい、好きです」
「では、気持ちを伝えるつもりは?」
「今日、アメリアさんとお話をして、それから話をさせて下さいと伝えました。その時に、と思っています」
「…そうですか」
はあ、と息を吐くとアメリアさんは眉を下げて自嘲気味に微笑んだ。
「私、別にレオンハルト様とどうにかなれると思っていた訳ではないんです。それこそ、オリビアが言うように、恋と憧れの間のような。でもひょっとして、って気持ちもあって。彼に相応しい女性になりたいと思っていたし、彼がいたから頑張れた事も多い。今の私は、レオンハルト様の存在があったからこそなんです。それなのに、ぽっと出てきた聖女様に取られてしまうのは悔しいって思いました。しかも、あんなに親しげにしていて、レオンハルト様も貴女を大切にしているのに、どうして?って。私じゃ、年齢も、身分も釣り合わない。レオンハルト様に見てももらえていない。その全てを持っている貴女が、羨ましくて憎かった。パーティーで色々な男性から好意を寄せられている姿を見て、その上あんな会話を聞いてしまったから、私…」
う…こうしてアメリアさんの話を聞いていると、かなり耳に痛い。
アルからの無駄に愛想を振り撒くな、という忠告はこういうことだったのだろう。
「私みたいな小娘に何が分かるの、って思われるかもしれません。幼い恋心だって、笑われるかもしれません。それでも、私にとってこの気持ちは、とても大切な物だったんです。聖女様、お願いです。レオンハルト様の事が好きなのであれば、どうか大切にしてあげて下さい。こんな事、私に言われたくはないかもしれませんけど…」
すっかり俯いてしまったアメリアさんに、オリビアさんも眉を下げる。
きっと、オリビアさんとも話して、色々考えてこの席に着いてくれたのだろう。
「…笑ったりなんか、しないわ」
「…え?」
ゆっくりと顔を上げるアメリアさんをしっかり見つめて微笑む。
「誰かを大切に思う気持ちを、笑ったりなんかしないわ。大切な人を気遣う気持ちに、年齢なんて関係ない。どんなに幼くても、どんなに些細なことでも、それは間違いなく素敵な事だと、私は思う」
園の子どもたちだって、家族や友だちを大切にしてた。
妊娠している先生には、せんせいすわってていいよ?なんて声を掛ける子もいた。
リーナちゃん達、ラピスラズリ家のみんなも、見ず知らずの私に優しくしてくれた。
それに、レオンハルトさんも…。
「恋とか愛とか、そんな名前を付けなくても、自分にとって大切な人で、労り、慈しみ、想う気持ちがあるのなら、それは本物よ」
譲れる恋は、本物ではない。
それはきっと正しいけれど、違う形の想いだってある。
「それを教えてくれたのは、貴女だわ」
心からの言葉を伝えると、アメリアさんの瞳から、ぽろりと一滴の涙が零れた。
「今日は長居してしまい、申し訳ありません。お時間を作って下さって、ありがとうございました」
「いいえとんでもない!こちらこそ、娘と話す機会を設けて下さり、ありがとうございました」
すっかり三人で話し込んでしまい、慌てて帰るような形になってしまった。
トパーズ子爵に挨拶すると、アメリアさんとオリビアさんに振り返る。
「今日は、ありがとうございました。約束、ちゃんと守ります」
「ふふ、今日はお会いできて良かったですわ。素敵な聖女様で、安心しました」
「…あの!」
意を決したようにアメリアさんが声を上げる。
真っ直ぐ私を見て、口を開いた。
「私、これからもちゃんと勉強して、夢を叶えられるように頑張ります。王宮に上がって、父のように働いて、素敵な女性になれるように努力します。それから、レオンハルト様と聖女様の事も、ちゃんと見てますから。約束、絶対に破らないで下さいね。破ったら、今度こそ私が奪いにいくんだから!」
意志の強い瞳に、驚きながらも嬉しくなる。
「ーーーええ、貴女に負けないように、私も頑張るわ。文句なんか言わせないくらいに」
二人で笑い合っていると、オリビアさんがすっと一歩前に出てきた。
「聖女様、よろしければこれからもお話する機会を頂けませんか?お忙しいのは存じておりますから、本当にお時間のある時、短い時間でも結構ですので…」
「あ、えっと、二人が良いのなら私は構わないけれど…」
ちらりとアメリアさんの方を見ると、頷きが返ってきた。
「是非、お願いします。王宮の事とか、異世界のお話も聞きたいですし」
「分かりました。では、これからは"聖女様"なんて呼ばずに、ルリ、と呼んで下さい」
「ーーー感謝いたします、ルリ様」
アメリアさんのカーテシーに合わせて、子爵やオリビアさん、トパーズ家の使用人さん達も礼を取る。
慌てて止めて下さい!と姿勢を戻してもらったのだが、皆さんとても優しい笑顔で顔を上げたので、それ以上何も言えなくなってしまった。
「…あーあ、やっぱり失恋しちゃったかな」
ルリの乗った馬車を見送りながら、アメリアはそう呟いた。
「でも、スッキリした顔してるわ。今日ルリ様とお話しできて、本当に良かったわね」
「ん…まだしばらくは、多分レオンハルト様を見ると胸が痛くなると思うけど。…やっぱり、すごく好きだったんだもの」
だけど、他でもないルリに、自分のこの気持ちを認めてもらった時、凄く嬉しかったのだ。
「…それでいいのよ。ゆっくり気持ちの整理をすれば」
そうする、と少しだけ震える声でアメリアは応えたのだった。
「ありがとう、アル」
出発して暫くの沈黙の後、私はぽつりと呟いた。
「何がですか?」
「私のために、怒ってくれてたんだね」
いつものアルらしくない態度、きっとそうだ。
今までだって、アルはいつも色々考えて動いたり忠告してくれたりしていた。
いつだって、私のために。
「…それが仕事なので」
ふいっと顔を背けたけれど、その耳が少しだけ赤くなっていて、私はこっそり笑った。
「早くレオンハルトさんに会いたいな…」
この想いを、今度こそ伝えるために。




