訪問
「へえ、私がいない間に随分面白いことになっていたんですね」
「面白くないから!…アル、意地悪だ」
パーティーから一週間、私はトパーズ子爵のお屋敷に向かっていた。
エドワードさんにアメリアさんと話したい、と伝えると、すぐに約束を取り付けてくれた。
それでは我が家でお茶の席でも…との子爵のお言葉に甘えて、アルと一緒に馬車を走らせているところである。
「まあ、ですがお二人の仲が進展しそうでホッとしました。あの様子ではもう2、3年かかるか?と思っていましたから。でも、本当に大丈夫なのですか?その、ルリ様に対して無体を働くようなことは…」
「それは多分大丈夫だと思うわ。リーナちゃんが教えてくれたし」
「リリアナ嬢が?」
「うん、あのねーーー」
「アメリア嬢と話したい?」
「はい。どうすればお会い出来るでしょうか?」
パーティーの翌日、朝食の席で私はエドワードさんとエレオノーラさんに相談していた。
それは簡単だが…と顔を見合わせる二人の戸惑う様子がよく分かる。
確かにあんな事があったのだ、快く会わせようとは思わないだろう。
「…多分ですけど、大丈夫だと思うんです」
勘だけど。
「このまえのおねえちゃんとあうの?」
黙って聞いていたリーナちゃんがそう聞いてきたのに驚いてそちらを振り向くと、にっこりと笑った。
「だいじょうぶだよ?あのおねえちゃん、あったかいいろしてたもん。それに、わたしにもやさしく『おめでとうございます』っていってくれたの。ぜんぜん、いやなかんじしなかった」
そう言えばリーナちゃんは人の悪意が目に見える為、善悪に敏感だった。
「パーティーでアメリア嬢がやったこと、リリアナは怒っていないのか?」
確かにお客様が帰られた後とは言え、自分の誕生パーティーの最後があんな風になって、少しくらい嫌な気持ちになっても当然だ。
でも、リーナちゃんからはちっともそんな雰囲気はない。
「うーん…でも、あのおねえちゃん、かえるまえに『ごめんなさい』って、わたしにあやまってくれたの。ごめんなさいっていうことは、もうしないよ、ってことなんだよね、るりせんせい?だから、わたしもいいよ、っていってあげたい」
「そんなことを言っていたのね…」
「…確かに、リリアナがそう言うのであればちゃんとしたご令嬢なのかもしれないな」
リーナちゃんの言葉に、皆は、どうする?と私の顔を覗いた。
「うん、私もあの子は悪い子じゃないと思う」
そう言うのなら、とエドワードさんはトパーズ子爵に連絡を取ることを了承してくれた。
「…成る程。念のため警戒はしておきますが、危ない場面にはならないかもしれませんね」
「うん。私ももう、アメリアさんを怒らせるような事はしたくないな」
「それにしてもリリアナ嬢はしっかりしている上に心優しくていらっしゃる。家庭教師殿の教育が良かったんでしょうかね?」
「…また意地悪言って。そんな出来た人間だったら、今こうしてここにいないから。リーナちゃんは、元々優しい子だったのよ」
うん、天使は生まれた時から天使だったのだろう。
こんなダメダメな先生を反面教師にして、素敵なレディになってもらいたいものだ。
「…完璧じゃないから、皆貴女に惹かれるんですけどね」
「?何か言った?」
「いえ、別に。ほら、見えて来ましたよ」
アルの指を差す方を見ると、シックな造りの屋敷が見えた。
豪華だけどどこか趣があると言うか…とにかく、上品な印象のお屋敷だ。
馬車が敷地内に停まると、すぐに執事さんらしき人が前に出て恭しく礼をとった。
すぐに後ろに控える使用人さん達も綺麗に頭を下げた。
すごいな…壮観だわ。
「ようこそいらっしゃいました、青の聖女様。旦那様とお嬢様がお待ちです。…どうか、どうかお慈悲を…」
じひ?
何の事だろうと、ぽかんと下げたままの執事さんの頭を見ていると、隣から苦笑が漏れた。
「執事長殿、ルリ様は別に罰を与えに来た訳ではありません。先日の事に関しましても、怒っておりませんよ。ただ、本当に話をしたいだけのようです」
…ちょっと待って、この感じだと私が文句を言いに来たみたいになってる!?
「そっ、そうです!私は怒ってなんかいません!むしろ悪いのは私で…。あの、アメリアさんにお話したくて来てしまったのですが、ご迷惑だったでしょうか…?」
恐る恐る聞いてみると、執事さんはゆっくりとその頭を上げた。
「怒っては、いらっしゃらないのですか…?それならば、はい、安心致しました。迷惑などと、めっそうもない。歓迎致します」
あああー!!?そう言えば聖女の位は国王陛下に並ぶとか何とか、レオンハルトさんが言ってたよね?
そりゃあんな事があった後にそんな立場の人間が来たら、ビクビクするのも仕方ないよ…。
「まずは、ごめんなさいからね…」
訪問一言目が謝罪って、私本当に抜けてるわ…。
やはりと言うか、玄関ホールで待ち構えていたトパーズ子爵は、戦々恐々とした様子だった。
訳を話すと力が抜けたようで、有難い事だと微笑んでくれた。
どうやらアメリアさんも、もう一度私とちゃんと話したいと思ってくれていたらしい。
冷静になってよく考えたら、失礼な事ばかり言ってしまったと落ち込んでいたようだ。
今も青い顔をして待っているだろうとの話だったので、急がなくてはと思う。
それと一人、同席者がいても良いかと頼まれた。
そう、あの時アメリアさんを庇っていた伯爵令嬢さんだ。
今日も罰されないように一緒にお願いするから、と言って駆けつけてくれたらしい。
従姉妹思いの良い人だ。
クッション役になってくれるかもだし、こちらとしても有難い。
あとは…
「アル、出来れば危険とかそういうことがない内は、何も言わずに側にいてくれる?ちゃんと、自分で伝えたいし、彼女の思いも受け止めたいから」
「…畏まりました。許容できる内は、ですが」
「ありがとう」
何だかんだでアルは私に甘い。
どうなるかは分からないけれど、アメリアさんの話もちゃんと聞いて、私の正直な気持ちも伝えたいなと思う。
そして、アメリアさん達が待つ部屋の扉が開かれ、私達は中へと足を踏み入れた。




