未熟さと身勝手さと
「るりせんせい?」
掛けられた声にハッとする。
「あ…リーナちゃん。ごめんね、ぼーっとしちゃって…」
パーティー後、着替えを済ませ皆でお茶を飲んでいたのだが、やはり先程の事が頭をよぎってしまう。
「無理もないわ。今日は、もう休んだらどう?疲れたでしょう?」
気遣うようなエレオノーラさんの声に、苦笑を零して、私はお言葉に甘える事にした。
あの後ーーーー。
「アミィ!!」
従姉妹だと言う歳上の伯爵令嬢が会場に戻ってきて、アメリアさんを庇うように抱き締めた。
そして、どうか許して欲しい、罰だけは…と懇願されたのだが、許すも何も、悪いのは私だし罰する資格も権利もない。
「ここは彼女とお父上に任せましょう」
レイ君もそう言ってくれ、涙を流すアメリアさんは、足元をふらつかせながらも二人に支えられながら帰って行った。
ーーー私は、そんな彼女に、何も声をかけられなかった。
その資格はない、と言うべきだろうか。
部屋まで送ろう、と言ってくれたレオンハルトさんの申し出を断って、私は一人で部屋に戻り、ベットに倒れ込んだ。
ふかふかのベッド、今朝はとても温かく感じたのに。
灯りを付ける気にもなれなくて、そっと眼を閉じる。
ーーー潔い子だったな…。
アメリアさんの言葉は、どれも正しかった。
私の周りにいる人はみんな優しいから口にはしなかっただけで、きっとあれが普通の反応。
それに、何より彼女はレオンハルトさんの気持ちを優先していた。
きっと、とても恋慕っていたのだろう。
そんな子を、私は傷付けた。
それなのに。
「ーーーダメだな、私」
こんなんで、よく子ども達の見本となる職業に就けたものだ。
「…少しだけ、風に当たりたいな」
夜風は冷たいだろう、上着を羽織ってテラスへと向かった。
冬の夜は空気も澄んでいて、夜空には星がキラキラと輝いていた。
はぁっと吐いた息は、白くなって空へと消えていく。
それを見つめながらぼぉっとしていると、後ろから声を掛けられた。
「ルリ、眠れないの?」
「あ…シーラ先生!?」
「ふふ、驚いた?…色々あったからね、ルリの事だから落ち込んでるんじゃないかと思って。ちょっと抜け出してきちゃった」
ドレスは着替えたらしく、いつものローブ姿だ。
イタズラの成功したような笑顔で隣に並ぶと、シーラ先生もはぁっと白い息を吐く。
「昼間は小春日和で暖かかったけど、やっぱり夜は寒いわね。風邪ひいちゃいけないし、早速聞いちゃうけれど……ルリはあの子の話を聞いて、どう思った?」
にこりと笑って問いかけられたが、その瞳は真剣で、本心を話さなければいけない、と思わずにはいられなかった。
「…本当にレオンハルトさんのことが好きなんだと思いました。私なんかよりもずっと、レオンハルトさんのことを考えていて…」
そう、あの子は一度も自分の方が相応しい、とか私はこんなに優れているだとか、自分を持ち上げることは言わなかった。
訴えたのは、レオンハルトさんを大切にして欲しい、その気持ちを考えて欲しいと、ただそれだけ。
「そうね、私もアメリア嬢のことは少しだけ知ってるけれど、彼女、まあまあ魔法が上手でね?やろうと思えばパーティーを台無しにする事も出来ちゃうくらい。…物語なんかだと、ストーリーを盛り上げるために、パーティーで魔法が暴発、とかよくあるけどね」
「…そう、ですね」
「レイモンド君に聞いたんだけれど、パーティーの最中、何度か危ない素振りは見られたんですって。でも、ぐっと堪えているようにも見えた、って」
「…リーナちゃんのパーティーを台無しにはしたくなかったのかもしれないですね。だから、お客様がみんな帰った、あの時に」
「…まあ、想像だけどね」
ふっ、と笑うとシーラ先生は手すりに寄りかかって私から視線を外す。
静かな沈黙に、胸が締め付けられるようだ。
「それ、何の涙?」
「…情けなくて」
いつの間にか頬を伝っていた滴を指で拭ってそう答える。
「情けないって、何が?」
「自分の、未熟さと身勝手さ、でしょうか。自分の事ばっかり考えていて、レオンハルトさんに甘えるだけじゃなくて、アメリアさんまで傷付けて。…それに」
「それに?」
それを言葉にすると、シーラ先生に呆れられてしまうのではと悩んだが、続きを促されてしまったので、手すりに手を置き俯いて、仕方なく口を開く。
「…それに、悔しかったんです。あの子はあんなにレオンハルトさんの事を考えることが出来ているのに、私は…って。きっと私なんかよりもずっと前から、レオンハルトさんのことを想っていたんだろうなって考えたら、負けたくないって思いました。あんなに傷付けてしまったのに…。呆れちゃいますよね、こんなこと考えてしまう私が、聖女だなんて」
「…別に、良いんじゃない?」
「え…」
思わぬ言葉にシーラ先生の方を向くと、先生は星空を仰ぎながら白い息を吐いた。
「恋をするってことは、綺麗事だけじゃ成立しない。それに、聖女、なんて私達が勝手に付けた呼び名でしょ?聖女だって人間だもの。綺麗なだけじゃ生きていけないわ。綺麗なだけの人間なんて、つまらないしね。だから、あの子だけじゃない、レオンを慕う女達の誰にも文句を言わせないくらい、あいつを大切にして、幸せにして、ほら、私だから出来たのよ!って言ってやりなさいよ」
最後の言葉を口にした時のシーラ先生は、どこか挑戦的な笑顔で。
一瞬ぽかんとしてしまったが、勇気を貰えた気がして、ふっと泣き笑いのような顔になる。
「…私、こんな気持ちをレオンハルトさんに伝えても良いんでしょうか?こんなに遅くなったのに、好きだって言っても良いのかな…?」
「そうね、遅くはなったけれど、まだ間に合うわ。それに、貴女は後悔したのよね?だったら、同じ過ちは繰り返さないはずよ。レオンを、大切にしてあげて」
「はい、同じ失敗はしません。…それ、元の世界で職場の先輩にも言われた事あります」
「…そう。きっと、とってもイイ男なんでしょうね」
「そうですね、素敵な先輩でした」
懐かしい面差しを思い出していると、ひゅうっと冷たい風が吹き渡った。
「…そろそろ戻りましょう。本当に風邪ひいちゃう」
「あ、そうですね」
ぶるりと震えて前を歩くシーラ先生の後を追うと、誰かの姿が重なったように見えた。
「…気のせい、かな」
シーラ先生とはそこで別れ、自室に一人戻って来ると、レオンハルトさんが扉の前で待っていてくれた。
「…心配して来てくれたんですか?」
「まあ、な。でも、その必要はなかったみたいだな。スッキリした顔をしている」
ああ、こんな私でも受け入れてくれる人がいるという事が、とても嬉しい。
「はい。…私、アメリアさんともう一度お話したいです。そうしたら、レオンハルトさんに聞いて欲しい事があるんです。私の、気持ち。ずっと先延ばしにしていてごめんなさい。あと少しだけ、待っていて下さいますか?」
穏やかな顔で頷いてくれたレオンハルトさんに、私も笑顔でお礼を伝えた。




