パーティー7・想いの強さ
今回短めです、すみません。
声のした方を見ると、そこには小柄だが、凛とした立ち姿のご令嬢がいた。
但し、その意志の強そうな瞳には、うっすらとだが涙が溜まっているように見える。
「やっぱり…」
何事だろうかと戸惑う私達とは逆に、レイ君は眉を顰めてそう呟いた。
何か事情を知ってるのかなと考えていると、今度は慌てたような声が響いた。
「き、急にどうしたんだアメリア?」
お父様だろうか、品の良い男性がアメリアと呼ばれたご令嬢に駆け寄る。
「トパーズ子爵。貴方の娘さんですか?」
「ええ。申し訳ありません、ラピスラズリ侯爵。ほら、皆様もうお帰りになったぞ、我々も行こう」
エドワードさんの問いかけにさらに顔色を悪くした子爵は、さっと手を取り会場から連れ出そうとしたのだが、アメリアさんは動こうとしない。
「いやよ、お父様。…聖女様、ご無礼を承知でお尋ねします」
子爵の手を振り払うと、アメリアさんはキッと強い眼で私を見つめてきた。
え…と、多分私とは、今日が初対面よね?
「トパーズ子爵令嬢、申し訳ありませんが、これ以上はお控え頂きますよう」
「え…っ」
庇うように前に出てくれたレイ君に、アメリアさんも流石に怯んだ様子で後ずさった。
するとそこへ、さらにレオンハルトさんも前に出る。
「トパーズ子爵令嬢。聖女様は国王陛下にも並ぶ立場のお方。そのお方に無礼を働いてまで尋ねたい事とは、それ程重要な事なのですか?ましてや客はお帰りになったとは言え、まだここは私の姪であるラピスラズリ侯爵令嬢の祝いの場。今一度、考えて頂きたい」
つまりは、立場と状況を考えて言動を慎め、ということだ。
その言葉にアメリアさんはかっと顔を赤くして俯いてしまった。
「ま、待って二人とも。アメリアさん、私に話があるんですよね?顔を上げて下さい。聞きますから」
張りつめた空気に割って入るようにアメリアさんに話しかけると、だが…とレオンハルトさんが躊躇いがちに見つめてきた。
そんなレオンハルトさんの様子を見て、さらにアメリアさんは傷付いたような表情をする。
ーーーあ…
これは、と思ったが、気付くのが遅かった。
「…どうしてですか?どうして、その方なんですか?わ、私だって…」
そこまで言うと、再び鋭い視線を向けてきた。
「恐れながら、聖女様はラピスラズリ団長様のお気持ちをご存知なんですよね?聞けば、まだその答えを出せていないとか…。そうやって、エスコート役を頼んだり、揃いの衣装で着飾ったり、期待させておいてそれですか!?優しさに甘えていて、団長様のお気持ち、考えていないんじゃないですか!?好きなら好きって、早く伝えてあげて下さい!!それとも、やっぱりそういう想いではない、っておっしゃるのなら…」
捲し立てるようにそこまで言葉を続けると、一呼吸置いて、アメリアさんは一度レオンハルトさんを見つめてから、再度私に向き直った。
「…私に、譲って下さい!心優しいって評判の聖女様なら、許してくれるでしょう…?」
ああ、私は本当に甘えていたんだって、その時思った。
せっかく黄華さんやアルが教えてくれたのに。
何度もレオンハルトさんは伝えてくれていたのに。
自分を守る為に逃げて、先延ばしにして。
それで結局、知らない所で人を傷付けた。
こんな自分は、レオンハルトさんに相応しくないのかもしれない、そう思った。
そう、思ったのに。
それでも、私はーーーー。
「ーーーアメリアさん」
自分でも驚く程に冷静な声が出た。
言うだけ言ったら力が抜けたらしく、お父様に宥められながら座り込んでしまったアメリアさんに、静かに近寄り膝を屈める。
その気配に、そっと彼女も顔を上げた。
ーーーきっと今までもたくさん泣いたのだろう。
綺麗な黄緑色の眼に涙をいっぱい溜めて、必死に歯を食い縛っていた。
わたしのせい。
色んな事を考えたら、多分聖女というややこしい立場の私の相手なんて、きっと苦労する。
もっと彼に相応しい人なんて、沢山いる。
そして、彼に惹かれている女性も、またきっと。
『ーーーそれでも、彼と一緒にいたいと思えますか?』
目の前の意志の強そうな瞳を真っ直ぐに見つめる。
「ごめんなさい、それは出来ないわ」
驚くように見開かれた眼を、それでも逸らさずにしっかりと見る。
「レオンハルトさんの優しさに甘えていたこと、浅慮だったこと、認めるわ。本当に申し訳ない事をしてた。貴女の言っていた事は正論よ。ーーでも、でもね?それだけは出来ない」
『譲れる恋は、本物ではないのですよ』
今なら、その意味がよく分かる。
そっと、レオンハルトさんにプレゼントされた耳飾りに触れる。
あの甘い眼差しが、私以外の誰かに向けられるのを、私は笑って見ていられない。
元の世界を懐かしんで泣いていた私を包んでくれた、あの温かい温もりが他の誰かを包んだとしたら、きっと私は耐えられない。
譲るなんてこと、出来るわけがない。
彼女の想いの強さに触れても、なお。
「ーー私は、レオンハルトさんが好きだから」
負けたくない、そう思ってしまったのだから。




