パーティー1・開始前
カーテンから朝日が零れている。
ああ、朝だ。
昨日のマッサージのおかげか、いつもよりぐっすり眠れた気がする。
緊張で眠れなくなるかと思ったのに。
まだベットの温もりに包まれていたい気持ちをぐっと堪えて起き上がる。
今日は大切な日。
リーナちゃんや来て下さるお客様に、楽しんでもらえると良いな。
そしてもう一つ。
パーティーが終わったら、レオンハルトさんにちゃんと気持ちを伝えようと思う。
『言葉にしないと、伝わらないからね。大切な気持ちほど、ちゃんとお話しようね』
そうだよね、私もそう教えてきたじゃない。
窓を開けると、冬のキンとした空気が流れてきた。
天気も良さそう。
さあ、今日が始まる。
早めに起きて軽く朝食を取った後、エレオノーラさんと私は、早々に着替えへと移った。
…ここから恐ろしい程の工程が待っている。
リーナちゃんはまだ小さいからそこまで時間をかけないみたいだけど、それでも一時間は越えるらしい。
大人の私たちは言わずもがなである。
侍女の皆さん、長時間に渡りますがどうぞよろしくお願いします。
「まずご確認下さい。ドレスはこちら、髪飾りはこちら、そしてアクセサリーですが…」
「あ、耳飾りはこれです。持って来ました」
そう、持参です。
クリスマスの時にレオンハルトさんからプレゼントされたイヤリング、華奢ですごく私好みだったんだけど、なかなか付ける勇気が出なくて…。
思い切って衣装の打ち合わせの時に希望を出したら、ドレスのイメージにも合うからとオッケーをもらえたのだ。
"月のしずく"と呼ばれるダイヤモンドをドロップス型にカットした、小粒ながらも揺れるとキラキラ輝いて、とても綺麗なロングタイプのイヤリングだ。
そう言えばこの前アルにダイヤモンドって家名は無いの?と聞いたら、無いと答えが返ってきた。
どうやら創世記に出てくる、例の初代国王を認めていたという女神様、その方が身に付けていた物なのだとか。
そのため貴族の家名にはその名は無いが、神聖な宝石としてとても人気があるのだとか。
話は逸れたが、そんな素敵な宝石を頂いてしまって良いのだろうか…と悩んだが、この日にお披露目することにした。
なんか勇気もらえそうだし、ね。
そしてドレスは白を基調として、裾に行くほど水色、蒼、紺と色が深くなっていくシンプルなデザインの物だ。
とは言え、よく見ると細かいレースが所々に刺繍してあり、お値段は恐ろしくて聞けなかった。
キラキラ眩しくて尻込みしてしまうが、唯一救いなのは、夜会ではないので露出が少ない事。
昼開催で本当に良かった。
「では、ルリ様参りますわよー!」
きた…ついにコルセット登場だ。
「ふっ!くっ…やっ…ちょ、ちょっと待って…もう、無、理……!!!」
「まだまだですわぁ!!!」
「もっと絞れますわよ!!!」
「きゃぁぁぁぁ!!!!」
やーめーてーーーー!!!
「…マリアが手加減してくれたのって本当だったんだ…」
先日の比ではないくらい締め付けられた。
まあ、そのおかげでドレスが着こなせているように見える、気がする。
ぐったりとした私に苦笑しながらマーサさんが髪を結ってくれている。
「まあ、そのうち慣れますよ。さあ、髪はこんなものでしょうか。後ろも確認して下さい」
そう言って鏡で見せてくれる。
「わあ、素敵!マリアもすごいと思ったけど、マーサさんもすごくお上手ですね!」
こんな複雑な編み込みアップ、絶対自分じゃ出来ない。
ふと思うけど、侍女さんって何でも出来ないと務まらないよね。
かなりのスキルがないと雇ってもらえなさそう。
「ルリ様、お化粧はもう少しかかりますので、動かないで下さいねー」
「あ、ごめんなさい」
こっちの侍女さんだって、プロのヘアメイクさんばりの腕前だ。
もうすでに顔、別人。
一応私たちの職業も、体力がいるし、頭だってたくさん使う。
愛想や要領も良くないといけないし、音楽的技術や運動能力だっている。
絵が上手だったり工作が得意だったり、そんな人もたくさんいるし。
何気にオールマイティーじゃない?って思うけど。
侍女さんのスキルとはまた別だ。
色んな職業があるよね。
「よし!出来ました!うん、我ながら完璧です」
どうでも良いことをつらつらと考えていたら、化粧も仕上がったらしい。
椅子から立ち上がり、全身が見える姿見の前に移動すると、そこには。
「わ、素敵…」
上品に整えられた淑女が、そこにはいた。
「さあ、アメジスト先生からもお墨付きを頂いたんです、パーティーを楽しんできて下さい。お料理やゲームなど、準備や手伝いもありますが、それもルリ様なら楽しんで下さるでしょうし」
マーサさんの温かい激励に、私も自然と背筋が伸びる。
「はい、行ってきます!」
「リーナちゃん、お誕生日おめでとう。いよいよパーティーだね!」
「るりせんせい、ありがとう!うん、どきどきするけど、たのしみ」
あーパーティー仕様のリーナちゃん、いつも可愛いけど、五割増しくらいで可愛い。
瞳に合わせたベビーブルーのドレスに身を包み、ふわふわの金髪を緩くハーフアップに。
髪飾りはドレスに合わせたブルーと、パウダーピンクの花飾り。
優しい色合いでまとめてあって、ザ・天使!って感じ。
いやぁ美少女っぷりが上がってて頬が緩んじゃう。
こりゃシトリン伯爵もメロメロだろうな。
「リーナ、挨拶の練習もたくさんしたし大丈夫だよ。何かあっても僕たちでフォローするから、心配しないで」
うん、レイ君てば若干7歳にして男前。
今日はリーナちゃんとお揃いで、淡いブルーのスーツで参加みたい。
「おにいさま、ありがとう!わたし、がんばる!」
妹の頼もしい言葉に優しく微笑んで頭を撫でるレイ君。
ちょっとちょっと、誰かビデオ持ってないの?
本日の主役達が可愛すぎて仕方ないんですけど。
「レイモンド、リリアナ」
「あ、れおんおじさま!」
レオンハルトさんの声に、リーナちゃんは駆け寄り抱きついた。
「こら、せっかく綺麗にしてもらったのに、汚れるぞ」
「だいじょうぶ、そうなっても、おじさまがみずまほうできれいにしてくれるでしょ?」
「ああ、勿論だ」
軽々とリーナちゃんを抱き上げるレオンハルトさんは、先日の正装に負けず劣らず素敵な装いになっている。
銀の刺繍の入った暗めの紺のスーツに、前髪も上げていて何だか色っ…大人っぽい。
ちょっと待って、この前も思ったけど、私今日一日、こんな人とずっと一緒で心臓もちますか!?
レッスンの時は、そんなこと忘れるくらいのスパルタだったからまだ何とかなったけど、今日はクレアさんの厳しい視線がない。
ここはやっぱり準備で忙しいふりして壁際で大人しく…
「ルリ、おはよう」
「お、はようございます…」
こちらもキラキラ五割増しのレオンハルトさんにじっと見つめられる。
…お、落ち着かない。
私があわあわしていると、レオンハルトさんはくすり、と笑った。
「ああ、今日は特別美しいな。こんな姿の貴女の隣に立てるなんて、幸せだよ」
リーナちゃんを優しく下ろして近寄ってきた。
ちょ、ちょっと待って、心の準備が…!!
はっ、と何かに気付いたのか足を止め、こちらを凝視している。
…な、何だろう?
どこか変だっただろうか。
するとそっと手を伸ばしてきて、私の左耳に優しく触れた。
「使ってくれて、嬉しい。とてもよく似合う。…綺麗だ」
破壊力抜群の笑みでそう告げられ、心臓が早鐘を打つ。
きゃーーーー!!!
悲鳴を上げかけたけど、心の中だけで留めておいた私を誰か褒めてほしい。




