覚悟
自分の気持ちに気付いてから暫く経ち、年も明けてしまった。
パーティーまであと一週間、未だに自問自答しながらも答えは出ない。
本当にこの気持ちは恋なの?
いつ気持ちを伝えたら良いの?
周りの人にはどう説明しよう?
…やはり答えは出ない。
こんな時に相談できる人と言えば…
「あら?瑠璃さん?奇遇ですね、今日は王宮でお仕事の日だったんですね」
「お、黄華さぁぁん!!!」
女神さまーーーっ!!
「はあ、ようやく自覚したのにまだ往生際悪く認めきれない、と」
「…あの、もう少しオブラートに包めません?」
王宮でのお仕事の帰り道、偶然訓練帰りの黄華さんに出会った。
相談したいことが!と泣きついた私を、まあまあ落ち着いて、と宥めながら自室に連れて来てくれたのだ。
気を利かせてくれたアルとリオくんも外に出てくれている。
部屋付きらしい侍女さんも、お茶だけ出してすぐに部屋を出てくれた。
これなら、思う存分悩みをぶちまけられる。
ーーと、思ったのだが。
…予想以上の辛口、相談相手を間違えただろうか。
いや、黄華さんは歳上だし、何となくイメージだけど経験豊富そうだし、何より向こうの世界の常識で考えてくれる。
きっと何か良いヒントをくれるはずだ!
「そうですねぇ…間違いなく言える事は、なるべく早く団長さんにその気持ちを伝えた方が良い、という事ですね」
「…その心は?」
「瑠璃さん、間が開けば開くほど、色々考えてしまうでしょう?それ、悪い方に考えが行ってしまって、良いことなんて一つもありませんよね?…それに、ずっと待たされている団長さんの身になって下さい」
…ぐぅ。
た、確かにそうだ。
レオンハルトさんが優しいからって、甘えすぎている自覚はある。
そして考えれば考える程、良くないことを思ってしまうのにも、覚えがある。
図星を指され撃沈した私を横目に、黄華さんは優雅にお茶を一口飲むと、徐に口を開いた。
「…あとは、その気持ちが本物かどうかですが」
そ、そうだよ、それ重要!
後からやっぱり違いました~なんて失礼だし!
「それを知るのは瑠璃さん、貴女だけです。周りが決める事ではありません。ただ、一つアドバイスするならーーー」
「するなら?」
ごくりと喉をならして言葉を待つ。
「ーーー彼を、人に譲れるかどうかですね。それが出来るのであれば、それは本物ではないと、私は思います。団長さん、おモテになるでしょう?彼を慕う貴族のご令嬢達に、譲ることが出来ますか?異世界の人間で身分も違うからと、身を引くことが出来ますか?」
その言葉に、頭が真っ白になる。
他の誰かに、レオンハルトさんを譲れるかどうか…。
「ねえ、瑠璃さん。貴女の心はどう言っていますか?彼の隣に自分ではない女性が立っていることに、耐えられますか?彼の隣に立ちたい女性は、それこそ星の数ほどいるでしょう。その人達と、対峙することもあるかもしれません。綺麗事だけでは、恋愛は出来ないんですよ。時には、人を傷つける事も覚悟しなければなりません。それでも、彼と一緒にいたいと思えますか?」
静かに語る黄華さんの、緑の溶けた金色の目が、『貴女にその覚悟はあるの?』と言っている。
「…わたし、はーーーー」
「ルリ、これはこっちで良いか?」
「ーーえ?あ、はい!」
危ない危ない、大事な仕事中なのに、黄華さんに言われたことを考えていたら、ぼーっとしてしまった。
誕生パーティーの前日、私は厨房で明日の料理の仕込みや確認を手伝っていた。
さすがに明日は、私も着替えの準備があるので付きっきりになれないため、今日のうちにテオさん達と色々確認しておきたい。
…コルセット、何とかして免除にならないだろうか。
「そう言えばあれ、上手く出来そうですか?」
「おう、目玉スイーツだからな!おかげさんで何度も作って練習したぜ」
「あはは、ありがとうございます」
テオさんの表情を見る限り、安心して任せられそうだ。
「るりせんせい、つぶせたよ」
「あ、リーナちゃんできた?うん、丁度良い感じ。じゃあ、野菜やマヨネーズと混ぜようか」
「はーい!」
そしてリーナちゃんもまた、明日のためにポテトサラダ作りにいそしんでいる。
二回目なので、手際も良い。
ちなみに今日はマリアがいるので、リーナちゃんのお手伝いはマリアにお任せだ。
「お嬢様、上手ですね!」
「そうかな?えへへ、くれあせんせいや、しとりんのおじいさま、たべてくれるかな?よろこんでくれますように!おいしくなーれ、みんなをえがおにしてくれますように!」
ちょっとこの可愛い生き物何ですか。
二つ結びした髪が、ピコピコうさぎの耳みたいに動いてるように見えるのは、私だけ?
あ、違う、テオさんやマリアも蕩けた目で見てる。
よく見ると周りにいる料理人の皆さんもだ。
きっとみんなこう思っているはずだ。
(((((((うちのお嬢様、天使!!!)))))))
うん、みんなの心は一つだね。
「…っと、いけねぇ!眩しすぎて思考停止するところだったぜ!おいルリ、今度はこっちも見てくれ」
「あ、はーい!」
「では、ルリ様、楽にしていて下さいね」
「は、はい。よろしくお願いします」
厨房での確認作業が終わった後。
マーサさんたち数名の侍女さん達に連れられ、今度は全身マッサージを受ける。
向こうの世界でもエステなんて受けたことないし、ちょっとドキドキする。
しかしこんなほぼ全裸のような薄着で、みんな恥ずかしくないのだろうか?
「触りますねー!わ、ルリ様お肌綺麗ですね!」
「本当!すべすべですね」
「これは仕上がりが楽しみです!」
「あ、はは…ありがとうございます」
きゃいきゃいと若い侍女さん三人が口々に褒めてくれるのは嬉しいけど、恥ずかしい。
や、お世辞って分かってるけどね。
「ルリ様、レオンハルト様を驚かせて差し上げましょうね!!」
「そうですわ!あの氷のような表情がどんな風に溶けるのか、見物ですわぁ!!」
ぶはーーーっ!!
「へ!?あの!?」
「こんなに良い素材をお持ちなんですもの!いつもはちっともやらせてくれないので、今回はみんな気合いが入ってますの。腕がなります!!みなさん、レオンハルト様に喜んで頂けるように、磨いて磨いて、磨きまくりますわよ!!!」
おー!!!と、侍女トリオが声を上げる。
ちょっと皆さん、レオンハルトさん関係ありませんよね!?
リーナちゃんの誕生パーティーですよね!?
「申し訳ありません、ルリ様。皆あのレオンハルト様の変わりように驚いておりまして。しかもお相手がルリ様ということで、歓迎ムードなのです。…一部、肩を落とす男性陣もおりますが」
最後の呟きは聞こえなかったが、…ちょっと待って、歓迎ムードって何の歓迎ですか!?
「皆、ルリ様が好きなんですよ。聖女様とかそういう事ではなく。…ここで、幸せになって頂きたいと思っているのです」
うんうん、と頷く侍女さん達。
…レオンハルトさんのことは、ちょっと何て言うか上手く言えないけど…。
「…ありがとうございます。私も、この家の皆さんの事、大好きです。本当に、感謝してます」
穏やかに微笑むマーサさん達に気付かれないように、私はそっと目元を拭った。
いつもありがとうございます。
次からパーティー編に入りますが、バランスを見たいので、数話書き上げてから投稿したいと思います。
少し時間頂くかもしれないです…。




