自覚
「…言っていなかったか?」
「聞いてないよ!まさかシトリン伯爵がリーナちゃんのお祖父様だったなんて…。もう、勉強不足なの丸分かりで恥ずかしかったんだから…」
「それは悪かったな。まさか兄上や義姉上も伝えていなかったとは、知らなかった」
それくらい当たり前の話だったって事よね…。
シトリン伯爵と別れた後、私はその足で第二騎士団の団長室へと向かった。
ちゃんとアポは取ってありましたよ、れっきとした社会人ですからね!
因みにシトリン伯爵は可愛い孫娘の手作りと聞いて大事そうにポテトサラダを抱えて去っていった。
普段はキリッとしたお顔を緩ませて。
…どこの世界もジジババは甘いのね。
「伯爵も孫が絡むとあんなお顔をされるんですね。普段とは別人のようです」
アルも意外そうにそう呟いていた。
そんなアルは、団長室に着くやいなや、さっさと去っていった。
「昼休みが終わる頃にまた迎えに来ます。で、よろしいんですよね。ラピスラズリ団長?」
そうだ、と頷いたレオンハルトさんとは、何故か最近ツーカーな様子だ。
…仲良しになったのかな?
「それで、今日は何を持って来てくれたんだ?」
「あ、昨日リーナちゃんと作ったポテトサラダだよ。パーティーの試作品だけど。あと、食…じゃなくて、箱パンのカツサンドも。好きだったよね、これ」
バスケットの中身を覗くレオンハルトさんに、慌てて中身を出して見せる。
カツサンドにポテトサラダ、ランチメニューとしてはかなりテンションの上がる組み合わせだ。
天気が良いから外で食べよう、との事で、穴場だと言う庭園のベンチに二人並んで座っていた。
冬が近いが、小春日和で日差しもポカポカしている。
外で食べるとより美味しくなるよね。
「美味そうだな。ああ、冷えるといけないから、上から羽織っていると良い」
「え!?あ、ありがとう…」
その上マントまで貸してくれたので、十分温かい。
…若干顔は熱い気がするが。
「と、とにかくどうぞ!お昼休み終わっちゃうよ!」
「ああ、有り難く頂く」
もう!サラッとそういうことするの、本当に心臓に悪い!!
「!箱パンのサンドイッチは初めて食べたが、ソースが染み込んでいて美味いな。柔らかくて、食べやすい」
「でしょ?元の世界ではカツサンドと言えばこれだったんだ。この前箱パンを市井で見つけてすごく嬉しかったの」
「…例の、サファイア殿と一緒だった時か」
「え!?あ、うん、そう、ね…」
まずい!墓穴を掘ってしまった!!
わーん、レオンハルトさんの前では禁句だったのに!!
「…まあ良い。私たちも今日はデートしているようなものだからな」
「へ!?あ、確かに…」
言われてみれば、この状況、どこからどう見てもランチデートじゃない?
わわ、意識するとすごく恥ずかしくなってきたんだけどーー!?
「あ!ポテトサラダも美味しいよ!?リーナちゃんがほとんど作ったの!あのね、パーティーで自分も何かやりたいって言ってくれてーー」
羞恥心を振り払うかのように早口で喋る。
私の話に、レオンハルトさんは食べながらも時折相槌を打ってくれて、穏やかに微笑んでくれていた。
…なんか、こういう時間、好きかも。
恥ずかしいのに落ち着くと言うか…
「…落ち着くな。君の側は」
「え?」
今まさに思っていたことを言葉にされて、反射的にレオンハルトさんを仰ぎ見る。
すると、優しい眼差しと目が合った。
その冷たく見えるはずのアイスブルーの瞳が、何故か温かく感じて。
目が、離せなかった。
「ルリ、少しだけ…触れても良いか?抱き締めたい」
「え、ええっと…その、は、はい…」
レオンハルトさんの甘い声に、しどろもどろになりながらも返事をすると、嬉しそうな表情をしてそっと身体に腕を回された。
ふわっと香るレオンハルトさんの匂い。
少しだけ感じる鼓動。
温かい体温。
ドキドキするのに、安心するなんて、不思議…。
「ルリ」
「な、何…?」
声、近い…。
心臓の音、聞こえちゃいそう…。
「不思議だな。こうしていると安心すると同時に、落ち着かない気持ちにもなる」
それって、私と一緒だ…。
「人を愛しいと思う事とは、こういう事なのだと、ルリに会って初めて知った。貴女は、私たちに色々な事を教えてくれるな」
愛しい?この気持ちが?
「今までは、愛だの恋だのに振り回される奴等が理解できなかったのだが。まさか自分もそうなるとはな。今は彼らの葛藤がよく分かる」
きゅ、と少しだけ抱き締められる力が強くなった。
「触れたいと思うのは、君だけだよ」
そんなの、私だってーーー
そう思った所で、温もりがそっと離れていった。
「残念ながら時間切れだな。名残惜しいが、これ以上は我慢できなくなりそうだ。それにそろそろ戻らないと、サファイア殿が迎えに来る。…ルリ?どうした?」
「う、ううん。何でもない…」
離れたくない。
温もりが遠ざかるのが、何故か悲しい。
そう思ってしまったのは、ひょっとしてーーー。
「好き、だから?」
ぽつりと呟いた言葉は、自分のこの気持ちを正確に表しているように思えた。
「?何か言ったか?」
「あ、何でもないの。行こう」
「…何よあれ…」
誰もいないと思っていた、庭園の木の陰、そこには。
一人の令嬢が俯いて立ち尽くしていた。
「もう、私の入る隙間は無いって事、かな」
令嬢はぽろりと頬を流れる雫を手で拭き取って、空を仰ぐ。
どうして、もっと早く生まれてこなかったんだろう。
もっと早く、会いたかった。
そう呟いて。
好きだと気付いた時に、伝えてしまえば良かったのかもしれない。
まだはっきりとは伝えられなくて、誤魔化してしまった。
だから私はこの後、後悔することになる。




