心の整理
次の話と同時に二話投稿しています。
庭園を散策させてもらった後、夕食まで暫くリーナちゃんとはお別れ。
急だったにも拘わらず、エレオノーラさんは私のために客室を整えてくれ、今はそこで一息ついたところだ。
半日で色々あった。
まさかの異世界。
幸運だったのは、転移したのがこのお屋敷だったことだ。
良い人ばかりで、本当に助かった。
リーナちゃんとレイ君も、すごく可愛いし、仲良くやれそう。
でも、家庭教師か…。
『家庭教師と言っても、あの子はまだ3歳だし、貴女もこの国のことをまだそんなに知らないでしょう?そんなに気負う必要はないの。ただ、ほら、今までの先生とは気が合わなかったみたいで…。貴女となら、良い関係を築きながらお勉強してくれそうだなと思って』
『最初は遊び相手みたいに思ってくれても良いわ。専門的な事とかは、他に先生を呼んで一緒に学んでくれても良いかもしれないと、レイも言っていたみたいよ』
『勿論、嫌でなければこの屋敷に住んでもらって、食事も用意するわ。暫くこの国に留まるつもりなら、考えて貰えないかしら?』
エレオノーラさんの、私を気遣いながら提案してくれた言葉を思い出す。
正直、直ぐに元の世界に帰れるのなら、断るしかない。
だけど、帰れる保証がないのなら、住み込みで働けることは有難い。
それに、元の職業に近いからそこまで戸惑うことはなさそう。
ーーーどうしよう。
ひとしきり悩んでいると、何だか表が賑やかなことに気付く。
何だろうと、窓からそっと外の様子を窺う。
どうやらメイドさん達が集まって、おしゃべりしているようだ。
女子はどの世界でも同じね。
井戸端会議ってやつ?
「ねぇ!ーーー?異世界ーーーー女ーーーーーーたって!!」
…え?
窓から離れようとした時、『異世界』という単語が聞こえた気がして、耳を澄ませる。
「え!?聖女様って一人じゃなかったの!?」
「そうらしいわよ。詳しくは発表されてないけど、お二人なのは間違いないみたい」
「でも、異世界からいらっしゃったんだもの、心細いでしょうし…お二人いるなら、助け合えて良いわよね」
「でも聖女召喚の儀式、なんて本当にあったのね。我が国の魔術師団の優秀さが分かるわ」
「うーん、でもちょっとお気の毒よね。だって、喚ぶことはできても、その…今まで還った方はいらっしゃらないんでしょう?」
ーーーえ?
「まあ、ね。だからこそ、聖女様には心からお仕えしないといけないんでしょ。この国で、幸せになってもらう為に!」
どくん。
動悸が、止まらない。
今、何の話をしてた?
聖女召喚?
魔術師団?
…もう、帰れない?
どれだけ窓の下でぼんやりしていたのだろう。
気付けば外は夕焼けだ。
寝て起きたら元通り、には…きっとならない。
みんな、心配してるかな。
家族
友達
職場の先生達
クラスの、みんな。
ごめんね、先生帰れないみたい。
みんなが卒園する所、見たかったなぁ…
その時
頬を冷たい雫が、流れた。
そうやって暫く蹲っていると、控えめなノックの音がした。
「イズミ様、じきにお夕食となります。それで、もし宜しければお召し替えをお手伝いしても?」
ああ、そうだ。
エレオノーラさんやレイ君、リーナちゃんと約束したんだった。
こんな姿見られたら、心配かけちゃうよね。
ひとつ、深呼吸をすると、平静を装って返事をする。
こんな部屋着でご一緒するわけにはいかない。
是非お手伝いをお願いしたい。
「先程の変わったお召し物も良かったですが、用意させて頂いたドレスも、よくお似合いですよ。…少々、シンプルすぎな気もしますが」
マーサさんが髪をブラシでときながらそう言ってくれたドレスは、数多くのドレスから何とか私が(精神的な意味でも)着れそうな物を選んだ結果だ。
「それに、このシルバーブルーの髪も、本当にお綺麗。ああ、そうだわ。旦那様の弟君もこんな色合いの髪をしていらっしゃるんですよ。」
「ええと…レイ君とリーナちゃんの叔父様?」
「はい、騎士団に所属していて、とても人気のある美男子ですのよ。残念ながら、この屋敷にはいらっしゃらず、騎士団の寮に入っていらっしゃいますが」
「へえ…レイ君とリーナちゃんの親戚なら、凄く綺麗な人なんでしょうね」
イケメンに興味はあるが、どうこうなりたいとは思わない。
私は平和主義者なのだ。
「ええ、それはもう。…さあ、出来ましたよ。とてもお綺麗です」
完成を告げられ鏡を見ると、そこには間違いなく私の顔だったが、日本人であることを忘れてしまったかのようだった。
黒目黒髪なんてつまらない、なんて思ってたのにね。
「…ありがとう」
「いいえ。まだ少しお時間がありますね。」
私がシンプルな装いをお願いしたので、時間もさほどかからなかったようだ。
「そうだ、マーサさん宜しければ、ちょっと付き合ってもらえませんか?」
感傷的になってはいけない、と思い、別の話をすることにした。
「ええ、もちろん。何ですか?」
「実は、さっきこんなものを作ってみたんですが…リーナちゃんの寝かしつけの前にどうかなと思って。ちょっとお試し版なので白黒なんですけど」
「…これは」
マーサさんは見たことがないようで、少し驚いていた。
リーナちゃんに喜んでもらえそうか、一度やって見てもらう。
「すごいです!お嬢様が寝ている間に作っていたのは、これだったのですね!!」
「リーナちゃん、気に入ると思いますか?」
「勿論です!すごく喜ぶと思いますよ」
ベテランメイドのマーサさんがこんなに驚いているのを見ると、ちょっと嬉しくなる。
うん。
色々考えてしまうけど、私は、私のやれることから頑張っていこう。
後に思えば、この世界をちゃんと見つめ始めたのは、この時からだったのかもしれない。