ある貴族令嬢の喪失
私には、憧れている人がいる。
貴族令嬢として生を受け、素晴らしい婚約者を見つけるため、もしくは仕事を見つけ自立するために幼い頃から厳しい教育を受けてきた。
学園にも通い、年が明ければあと一年で卒業、成人となる。
早々に婚約者・結婚が決まった令嬢は、準備のため14歳~16歳で卒業する子もいるが、自立の道を歩みたい私は、最終学年まで学園に残ることを選択した。
…それが理由の半分。
もう半分は、憧れのあの人に釣り合う女性になりたいから。
地位も教養もあり、容姿も整っている彼は、当然のように女性に人気がある。
それも私のような小娘から未亡人の熟女まで、幅広く。
しかし、当の本人は女性が苦手だと公言しており、寄せ付けない空気を醸し出している。
それでもめげずに纏わりつく女性もいるにはいるのだが。
そうした人は、みんな女の武器を使って彼を落とそうとしている。
要するに、可愛らしさや妖艶さなど、容姿を磨いている方達だ。
けれど、同じ女の私が見惚れるような方々を相手にしても、彼の態度が崩れることはない。
むしろ鬱陶しい、と思っているのではないかしら。
と言うことは、彼の好みは自立した女性なのではないかしら?
それこそ、怪我のため騎士を辞めた後、初の女料理長にまで登り詰めた、ベアトリス=ルビー様のような。
きっとそうだわ、彼にはそんな女性が相応しい。
そう考えた私は、苦手な歴史や魔法学も、必死に勉強した。
彼の立場を考えたら、そうした知識も必要だもの。
学園も優秀な成績で卒業してみせる。
そうして父のように王宮で働くのだ。
それに、配属先にもよるが、王宮で彼に会う機会も増えるかもしれない。
自分の夢の為にも、優秀な彼に近付く為にも、頑張りたい。
年の差や家柄を考えたら、彼と結ばれることは難しいかもしれない。
それでも、私はーーーー。
今日は父に届け物をしに、王宮にやって来た。
何度か来たことがあるので、特に案内役なども必要ない。
だから少しだけ…一目見れたら良いなって思った。
やっぱり、訓練場かしら?
それとも団長室?
団長室じゃ無理ね、訓練中なのを期待してそちらに向かいましょう。
無事に届け物を父に渡すと、第二騎士団の訓練場を目指して歩き出す。
暫く歩いていると、王宮に勤める侍女達の噂話が耳に入ってきた。
「今日は聖女様方が集まってるんでしょ?」
「そうそう、もう解散されたみたいだけどね」
へえ…噂で聞いた、交流会ってやつね。
確か、赤と黄の聖女様は王宮で暮らしていて、青の聖女様はラピスラズリ侯爵家にいらっしゃるのよね。
ラピスラズリ侯爵家、と聞くと胸がドキドキする。
「聖女様と言えば、ラピスラズリ団長様よね!噂は本当なのかしら!?」
彼の名前が出て、ピタリと足が止まる。
「噂って、青の聖女様との事?どうなのかしら?だってあの青銀の騎士様だしねぇ?」
確かに、彼の女性嫌いは有名だ。
騎士団員にはそうでもないらしいが、貴族、特に女性に対しては無表情が常だと言う。
滅多に現れない夜会などでも、殆ど表情を崩さず、親族以外誰とも踊らない。
そんな彼と青の聖女様との噂。
私も耳にしたことがあるが、ただの噂で真実ではないだろうと思っている。
「あら、私お二人がご一緒の所を見たことがあるけれど、噂通りの溺愛ぶりだったわよ!」
ーーーーえ?
「そうなの!?でも私も聞いたことがあるのよね。聖女様が現れてから、ラピスラズリ侯爵邸に帰ることが増えた、って」
「うふふ、私なんて今しがた見ちゃったの!交流会を終えた青の聖女様を、第二騎士団長様が迎えに来たところ!どうやら屋敷まで馬車で送るみたいでね、手を差し伸べてエスコートするだけでなく、甘い笑顔でお話していたの!!あんなお顔、初めて見たわ!!もうそれはそれは素敵な笑顔だったわよ~~~!」
きゃーーー!!!と侍女達は黄色い歓声を上げる。
その様子を、私は信じられない思いで立ち尽くして見ていた。
ーーーー嘘。
確かめなくては、ただその一心で馬車置き場に向かった。
貴族令嬢にあるまじき行いだとは分かっていたが、急がずにはいられず、咎められない程度の早足で歩いた。
間に合わないかもしれない、間に合いたくない、いえ、間に合って確かめたい。
そんな複雑な感情を抱えながら馬車置き場に着くと、そこには憧れ続けたあの人がいた。
ーーー綺麗な女性に優しく微笑み、愛しげに頭を撫でる、レオンハルト=ラピスラズリ様が。
その光景に、私は膝から崩れ落ちて、暫くその場から動けなかった。




