言い訳
皆さんこんにちは、和泉 瑠璃です。
私は今、王宮で行われた聖女交流会の帰り道、馬車の中にいます。
ーーーー絶賛不機嫌面の美形騎士様と一緒に。
「えーーーっと、あの、この前市井に出掛けた時の事ですよね?」
「ああ、レイモンドから聞いた」
「ただの買い物と孤児院に寄っただけですよ?」
「それも聞いた。サファイア殿と二人、揃いの装いをしていたとか」
「いやいや!ただの変装?です!こんなピラピラした服着て行けませんから!目立ちますから!!」
うう…疚しいことなんてないはずなのに、何故か敬語になってしまうのは、きっとレオンハルトさんからの見えない圧のせいだ。
な、何とかしてこの絶体絶命のピンチを無事にくぐり抜けなければ…!
そう思った私の脳裏に、アルの言葉が浮かび上がる。
『団長殿がそれを知ったらどう思うでしょう』
…言い訳なんて駄目だ、ちゃんと話すって決めたのに。
傷付けたくない、って思ったのに。
目の前の双眸は、責めているんじゃない。
ーーーきっと、不安。
「…ごめんなさい」
その一言は、自然と口から零れ落ちた。
「ルリ?」
私の謝罪に、レオンハルトさんは目を見開いた。
この人を、傷付けたくない。
誤解されたくない。
それだけが私の心を占めていた。
『自分が悪い、って思ったら、素直に謝ろうね』
そうだよ、私が悪いと思ったのはーー。
「…私、レオンハルトさんがどう思うかなんて考えてなかった。ちゃんとレオンハルトさんは気持ちを伝えてくれているのに…。それが、申し訳なくて」
私が謝りたいのは、レオンハルトさんに言わずにアルと出掛けたことじゃない。
彼の気持ちを、考えなかったこと。
「私、どこかで貴方の気持ちを軽く見ていたのかもしれない。その…好きだと言ってくれたことも、嬉しいけど、どこかでまさかと思っていたり。でも、さっきの目、私の自惚れでなければ、すごく不安そうだった。その時、自分がそんな気持ちにさせてしまったことを、とても後悔したの」
そんなつもりじゃなかった、は言い訳だ。
私の気持ちを待つと言ってくれたレオンハルトさんに、私も誠実でいたい。
「だから、ごめんなさい」
目を見ることが怖くて、誤魔化すように頭を下げる。
沈黙が落ちて、暫くすると少し狼狽えたような声が降りてきた。
「頭を上げてくれ。それは、貴女が謝る事じゃない」
おずおずと顔を上げると、もうその目には不安な色は見えなかった。
代わりに、気まずげな様子で前髪をくしゃりと崩して溜め息をついた。
「…俺に、余裕がなかっただけだ。あとは、ただの嫉妬だから、気にしなくていい」
「でも」
「いや、本当に勘弁してくれないか。俺はそんなに自制心の強い男じゃないんだ」
そう言ってレオンハルトさんは目を逸らしてしまった。
…それって、私に呆れ果てて許せないところまできちゃった、ってこと?
「や、待って!嫌わないで下さい!!」
目に涙が溜まるのを感じて、咄嗟にレオンハルトさんのマントを掴む。
目の前にある綺麗な瞳が、驚きに見開かれる。
ガタゴトと馬車の揺れる音だけが車内に響く。
ラピスラズリ邸が見えて来た所で、レオンハルトさんが控えめに声を掛けてきた。
「…ルリ、そろそろ着くが…大丈夫か?」
「ハイ…オカマイナク…」
すみません、恥ずか死んでますのでそっとしておいて下さい…。
あの後ーーー。
必死に縋る私に、レオンハルトさんも動揺していた。
「る、ルリ!?嫌うとはどういう事だ?いや、その前に本当にまずいからちょっと離れて…」
「やです!やっぱり私のこと嫌いになったんですか!?私が…無神経だから…」
「は!?何故そういう話になったんだ!?そんな訳がないだろう!好きだという気持ちが強くなることはあっても、嫌いになる訳がない!!」
「え?でも、勘弁してとか自制心とか…もう許せないって事じゃ…」
そういう事か、と呟いてレオンハルトさんは深い溜め息をついた。
え、え?
「…だからそれは、貴女が俺を気遣ってくれたのが嬉しかったからで、しかもそうやって涙目で近寄って来られては、流石の俺も我慢が利かないと言うか…だから、ルリ」
少し離れようか、という呟きに、はたと今の状況を見やると…
狭い馬車の中、間近にある白皙の美貌、半分押し倒すかのような体勢。
「き、きゃぁぁぁぁぁ!!ごめんなさいーーーー!!!いたぁっ!!」
「ルリ!?大丈夫か!!?」
我に返って後に跳び退けると、馬車の壁に思い切り頭をぶつけたのだった。
ーーーーうう…誰か数分前の私を穴に埋めてやって下さい。
盛大な勘違いをした挙げ句、騒いでレオンハルトさんに迫り、頭までぶつけて……何やってんの私。
「…ルリ?」
一人反省をして落ち込んでいると、そっとレオンハルトさんが顔を覗いてきた。
「先程のことだが、本当に気に病むな。貴女はまだ俺と情を交わしている訳ではないのだし、きちんとした理由があって行動している。俺はこの世界に馴染もうとしている貴女を縛りたい訳ではない。ただ…羨ましかったんだろうな、護衛としていつも側にいられる彼が。自分でも驚く程に、貴女の事となると狭量になってしまうようだ。情けないが、それだけ貴女を思っているのだということだけは、忘れないで欲しい。…嫌うなんてことは、万にひとつもないよ」
「レオンハルトさん…」
こんなに優しい言葉をくれる人に、私もちゃんと言葉にして伝えたい。
慣れていないとか、恥ずかしいとか、言い訳せずに。
「…さっきも言ったけど、本当にごめんなさい。私、レオンハルトさんの気持ち、ちゃんと考える。えっと、まだ…す、好きだとかは言えないけど、その…レオンハルトさんが嫌がることは、出来るだけしたくない。お仕事とか、仕方ない時もあるけど。その時は相談しても良い、かな?」
よし!言えた!!頑張った私!!!
限界値が近くてぷるぷる震えてるけど、言いたい事は言えた!!
あとはレオンハルトさんの返事ひとつでオッケーなはず!
そんないっぱいいっぱいの私に、レオンハルトさんも優しく応えてくれる。
「ああ、勿論だ。ルリの気持ちが聞けて嬉しかったよ。ただひとつ残念なのがーーー」
え?他に何か粗相あった?
ぱっと顔を上げてやっと目線を合わせると、喜色の浮かぶ瞳が輝いて。
「こんなに愛しい気持ちを感じているのに、キスのひとつすらも出来ない事だ」
さらりと頬と髪を撫でられてレオンハルトさんの右手が離れて行った。
「~~~~っっっ!!もうっ!不意打ちは止めてってば!!」
「ははっ、すまないな。可愛らしくて、つい。ああ、屋敷に着いたぞ」
相変わらず心臓に悪い人だ…。
それに、い、愛しいとか、可愛いとか、そんなことサラッと言わないで欲しい!
なかなか熱の引かない顔を手でパタパタと扇ぎながら、馬車から降りる。
と、何故かレオンハルトさんも一緒に降り、御者の人にお礼を言って帰そうとしている。
あれ?送ってくれただけじゃなかったの?
「今日も何か用事?」
そう聞くと、聞いていないのか?と逆に問われた。
「パーティーに向けて、マナーの特訓をするのだろう?パートナーと合わせて練習したいからと呼ばれたんだが。明日は早朝からドレスを着て実践講習らしいぞ?」
「………へ?」
パーティー…マナー………。
わ、忘れてたぁぁぁ!!!(二回目)




