聖女会議4
「こんにちはー」
「いらっしゃい瑠璃さん。あら、今日も大荷物ですわねぇ」
「んん?なんかいい匂いー。今日もお土産持って来てくれたの!?」
すっかり恒例になった聖女の交流会。
今日もいつもの部屋で紅緒ちゃんと黄華さんが待っていてくれた。
二人は私とアルの大荷物を見ると、目を輝かせた。
「はい、また試作品で悪いんですけど。あ、アルありがとう。そこに置いておいてくれる?」
「はい。それでは赤と黄の聖女様、失礼致します」
運んでくれた料理を机に置いて、アルが退室する。
と言っても部屋の前で待っていてくれるんだけどね。
二人の護衛の騎士さん達も一緒だから、まあ暇ではないと思うけど、やっぱり待たせてしまって申し訳ないなぁと思う。
「それで?今度は何の試作品なんです?」
「また日本の料理?楽しみだわ!」
「ええっと、実は…」
「へえ、大変そうだけど楽しそうね!」
「そうなの!リーナちゃんの為だと思うとすごく楽しくて!それにこういうの久しぶりだし」
転移前、現役で学園祭などを楽しんでいた紅緒ちゃんは、すぐに話に乗ってくれた。
私も向こうでは毎月の誕生会や運動会、発表会などイベントをこなしていたから、久しぶりにこういう仕事ができて嬉しい。
「この食パンのサンドイッチ、久しぶりに食べたわ!中のクリーム?ジャム?すごく美味しいけど、何?」
「あ、気に入ってくれた?それ市井の青果店で見つけたの。ほら、これ。バンレイシって言うんだって」
二人に袋に入ったバンレイシを見せると、紅緒ちゃんが、まつぼっくり?と呟いた。
やっぱりそう思うよねー。
「あ、私これ知ってます。元の世界で食べたことがあります」
「え、向こうにもある物だったんですね。私、初めて見ました」
「あたしも」
「ええ、私も一度だけおーーーー」
そこで黄華さんの言葉が途切れた。
「黄華さん?」
どうしたんだろうと思って聞き返すと、にっこり笑って話してくれた。
「いえ、知り合いがペルーだったかしら?出張土産に持って来てくれて。ジャムにしても美味しいんですね。パンにとても合います」
「へえ。見た目地味だけど、サンドイッチにしちゃえば気にならないわね。それにこのプチハンバーガーも可愛い!あとポテトも。懐かしいー美味しいー!!」
そうそう、アルが取り入れてみては?と言ってくれたので、ハンバーガーをミニサイズにしたものを試作品として作ってみたのだ。
お子様も多いし、パーティーならこれくらいのサイズが良いかなと、小さめで。
因みにバンズもちゃんと作ってみましたよ。
配合はうろ覚えだったけど、一応作ったことがあったしね。
「ハンバーガー、まさかこちらで食べられるなんて思いませんでしたねぇ」
黄華さんの様子は気になったけど、すぐにいつもの様子に戻ったし、元の世界のことを思い出して感傷的になったのかもしれないので、そっとしておくことにした。
と、そんな黄華さんがぽろりと零した。
「…でも意外です。聖女だってこと隠してたくらいですから、瑠璃さんは目立つの苦手なのかと。貴族の集まるパーティーに出るなんて、ずいぶん思い切りましたのね?」
私達ですら断り続けてるのに、という言葉に、私は固まったのだった…。
かくかくしかじか。
「…ははあ、なるほどです。瑠璃さんの弱点はリリアナちゃんでしたか」
「瑠璃さんて、チョロ…い、いや、優しいから、ね!断りきれなかったんだよね!?」
紅緒ちゃん…自分でもチョロいって知ってるから、言い直さなくても良いのよ?
黄華さんの発言には否定できないし…。
テーブルさん、今日も私のほっぺたと仲良くしようね。
ああ…冷たくて気持ちいいです…。
「何項垂れてるんですか。決まってしまったものは仕方ありません。リリアナちゃんを喜ばせてあげて下さい。本当は私達も行けると良かったのかもしれませんが…」
「え、何それ。ラピスラズリ家ならあたしも行きたい!」
珍しく?黄華さんが真剣な表情で言った言葉に、紅緒ちゃんも参加したいと言ってくれた。
確かに二人も一緒なら心強い、けど。
「いえ紅緒ちゃん、今回は止めた方が良いですわ。今まで表に出なかった私達が揃って出席などしたら、あまり良くないことになりますわ」
「…ですよね」
そう、いきなり三人揃って現れたら、ラピスラズリ家に何かあるのでは!?と邪推される可能性がある。
微妙な貴族社会の勢力バランスとかもあるだろうし、ね。
「ああ、そう言われれば確かに。はぁ、ホントこっちの世界ってめんどくさいのね。残念だけどお宅訪問はお預けね。美味しいパーティー料理も」
紅緒ちゃんも納得したらしく、つまらなそうではあるが諦めた様子だ。
「…二人も、パーティーや公共の場に出ることはしていないんですよね。どうしてですか?」
「あたしはそういう堅苦しいのは嫌いだもの。聖女様らしく振る舞う自信もないし。ラピスラズリ家なら、聞いた感じわりと緩そうだし?いいかなーって思ったんだけど」
「私も、傅かれたりするのはちょっと。騎士の皆さん、特に第三騎士団の皆さんはわりかしそういうところ、気楽なんですけどねぇ」
そうか、二人もあまり聖女様待遇を望んでいるわけではないのか。
そう言われてみると、二人ともたくさんの取り巻きを連れて歩いたり、王宮で贅沢してる雰囲気ないもんね。
そういうのを望んでも良いんですよ?と私も一度アルに言われたことがある。
でもねぇ…贅沢三昧の生活良いなーとか思っていても、実際自分の身の上に降りかかると、躊躇ってしまうという…。
結局、庶民気質なんですよ。
平凡万歳。
「ですが、いつかそうした場に出なくてはいけない時は来るでしょうね。聖女として生きると決め、国に守られている私達には、その義務があります。そして、その時はそう遠くないと思いますよ」
黄華さんの言葉に、私達ははっとする。
「…そうね。アイツは何も言わないけど、宰相様達に色々言われてるのは、知ってる」
「ええ。何だかんだ言っても、陛下は優しい方です。今は転移してそう時が経っていませんから、この世界に慣れようとしている私達を気遣う声も多いです。ですが、聖女という立場はとても利用価値のあるものです。国を統べる者ならば、利用したいと考えるのは当然でしょうね」
「…そう、ですね」
沈黙が落ちる。
私のことにしても、きっとエドワードさんやエレオノーラさん、レオンハルトさん達が守ってくれていたのだろう。
ひょっとしたら、すでにそういう話が出ていて、少しでも近くにいられる所から始めようと、今回誘ってくれたのかもしれない。
ラピスラズリ家でのパーティーなら、確かに私も安心できる。
きっと、知らない所でたくさん気遣われているんだろうな…。
「…むかつく」
「え?」
ポツリと零れた声に、はっと顔を上げる。
「何よ、結局アイツに守られてるってワケ?あーーー腹立つ!あたしはそんなに弱くないっつーーーの!!!何よ、パーティー?夜会?出てやろうじゃないの!望むところよ!!」
ふーっふーっ、と息巻く紅緒ちゃんに、私は唖然とする。
「ふっ、あははは」
すると、堪えきれなかった、という様子で黄華さんが笑い出した。
何笑ってんのよ!と紅緒ちゃんは怒ったが、何だか私もあれこれ考えていたのが急に可笑しくなってきて、つられて笑ってしまった。
「瑠璃さんまで!ひどい!!」
「ご、ごめんなさい。でも、何だか元気出ちゃった。紅緒ちゃん、ありがとう」
「本当、紅緒ちゃんは可愛いくて、強いですね。これは私達大人組も負けてはいられませんね?」
そう言って私と黄華さんは思い切り笑い合い、腑に落ちない顔をする紅緒ちゃんを宥めるのであった。




