誘い
前の話と二話続けて投稿しております。
「誕生パーティー、ですか?」
「ああ、それ程盛大にするつもりはないから、ルリもどうだ?」
秋もすっかり深まり、肌寒さも感じる季節。
いつもと変わらない朝食の席でのそのお誘いは、全く予想していないものだった。
リーナちゃんは冬生まれの現在3歳。
つまり、もうじき誕生日が来る。
侯爵令嬢の誕生日、当然のようにパーティーが開かれる訳で…
「む、無理無理ムリムリむりです!!!」
パーティーってあれだよね!?
夜会って呼ばれるやつでしょ!?
お貴族様達(しかも侯爵家だから高位の方々)を招いて挨拶したりダンスをしたりするやつ!
「私、マナーとかさっぱりですし、ダンスなんて経験ありませんし、貴族の方々に挨拶なんてできませんっ!!!」
「あら、それって今から練習すればどうにかなるものばかりよ?」
必死にエドワードさんに辞退を申し出ていると、逃がさないとばかりにエレオノーラさんの良く通る声が聞こえた。
たらりと汗が流れたのを感じてそちらを見ると、子持ちのご夫人とは思えない程に魅惑的で綺麗な微笑みを向けられた。
「この子達の前で出来ない・やらないなんて言わないわよね?」
ちーん…。
「うう…私は平穏な毎日を過ごしたいだけなのに…」
紅緒ちゃんも黄華さんも私も、今まで夜会だとかセレモニーだとか、そういう公の場に出たことはない。
つまり、聖女の姿形すら知らない人が多いという事だ。
そんな中、侯爵令嬢の誕生パーティーに聖女が出席なんて、どう考えても注目されるに決まっている。
きっと誰も気にしないよね!なんて思える程私は楽観的な人間ではない。
自慢ではないが、私は緊張しいだ。
前に立つよりも影で支える方が得意だ。
つまり何が言いたいかというと…
「目立ちたくないんですね」
レイ君、大当たり!
早速レッスンをつけてくれる教師を探してみるわ!と嬉々として退席したエレオノーラさんと仕事に向かったエドワードさんを見送り、代わりに休養日だというレオンハルトさんを迎え、お茶の席に着いた私は行儀悪くもテーブルに突っ伏していた。
心配そうに見つめるレオンハルトさんと目が合うが、立ち直ることは出来ない。
「マナーやダンスを習うのは別に良いのよ?侯爵家でお世話になっているんだもの、ある程度必要なことだと思っていたから。でもいきなり高位貴族の集まるパーティーだなんて…。皆から後ろ指を指されることになるかも…」
悪目立ちする予感しかしない。
やっぱりここは大人しく辞退する方向で…
「るりせんせい…りーなのおたんじょうかい、おいわいしてくれないの?」
「くっ……!そっ、そんな訳ないじゃないリーナちゃん!リーナちゃんのお祝いの日だもの、ちゃんと、ちゃんと…出席するわっ!!」
やったぁ!と満面の笑みを浮かべるリーナちゃんには勝てない私だった…。
「…本当に良いのか、ルリ」
「うう…リーナちゃんと約束しちゃったもの。撤回なんかできないもん」
お勉強タイムのためレイ君とリーナちゃんも退席し、レオンハルトさんと二人になった。
相変わらず私の頬はテーブルと仲良し状態だ。
あっさりリーナちゃんの上目遣いに陥落した私を、レオンハルトさんが不憫そうに見ていた事は知っている。
「人の集まる場所が苦手な気持ちは良く分かるから、ルリには無理をしてほしくないが…。しかしそれはリリアナも同じだからな。きっとルリがいると心強いのだろう」
そうなのだ、リーナちゃんも少しずつ同年代の子と関わる機会が増えたとは言え、やはりパーティーとなると不安なのだろう。
しかも今回は自分が主役。
一言とは言え挨拶もするし、たくさんお祝いの言葉を受けるだろう。
随分人見知りも無くなってきたが、緊張するには違いない。
「…うん。リーナちゃんも頑張ってるんだから、私も逃げちゃダメよね。レオンハルトさんも、出席するんでしょう?」
「ああ、可愛い姪の誕生日だからな。それにルリは夜会をイメージしているようだが、子どもが主役で招くのも同年代の子どもを持つ貴族が多いから、昼のパーティーのはずだ。少なくとも、ダンスは免れる」
「そうなんだ!ああ…少しでも世間様の目に晒される事が減って良かった…!」
少なくともダンスでみっともない姿を見せることはなくなったと、ほっと息をつく。
気を付けるのはマナーとお客様との会話くらいだろうかと想像する。
するとレオンハルトさんが何やら思い付いたようで、それなら、と口にする。
「どうせならルリが何か企画してはどうだ?料理や菓子でも、催し物でも、あちらの世界の物に興味を持つ者は多いからな。披露してやるといい。そうすればリリアナも喜ぶだろうし、準備だ何だで客と会話する時間が短くなるのではないか?」
「レオンハルトさん…」
思わぬ提案に目を見開く。
「それだわ!!せっかくのお誕生会だもの、私も何かやってあげたい!!!」
うわー!思い付かなかった!!
この世界の貴族の誕生パーティーなんてよく知らないけど、確かに元の世界のアイディアは目新しいものがあるだろうし、何よりリリアナちゃんの為に何かやってあげたい。
その上裏方の仕事をして、人目に晒される時間が短くなるかもしれないとなれば、やるしかない。
「ありがとうございます!やっぱりレオンハルトさんは頼りになるわ」
嬉しさのあまり破顔してそう伝える私を見て、レオンハルトさんは頬を染めてふいと視線を逸らす。
「…いや、ただの思い付きだ」
「それでも、私にとっては名案なの!何か、お礼をしなければいけないくらい」
「お礼…?」
何気なく口にした言葉だったが、レオンハルトさんは敏感にそれを拾ったようだ。
ふむ、と少し考えてこちらに顔を向けた。
「…そうだな。それならば一つ、俺の願いを聞いてもらおうか」
途端に瞳に意地悪な光を宿して、愉しげに微笑む。
あれ?ひょっとして私、変なスイッチ押しちゃった、かも…?




