はじまりの話
「るりせんせー!こっちきてー!!」
「はーい!どうしたの?」
季節は夏が過ぎて秋の気配が見えた頃。
それでも、まだまだお日様の光は眩しい。
今日は孤児院に来ていた。
シトリン伯爵に、子ども達が砂場で遊んでいる様子や、絵本や紙芝居を楽しむ姿を見てもらう為に。
因みに私はいつものように子どもたちと遊んでいて下さい、との事だ。
子ども達との関わりの様子も見たいんだって。
そして、クレア先生やルイスさんも時間があると言ってくれて、一緒に来ている。
(半ば無理矢理)休みを取ったというレオン…ハルトさんも。
…相変わらず愛称呼びには慣れていない。
「ほらほら!みて!」
「おれたちがつくったやま!でっけーだろ!?」
腕を引かれて来た砂場には、大きな山ができていた。
「ホントだ!すごい、トンネルも作ってるの?」
「うん!もうすぐ、つながる」
「あとちょっと………あっ!」
ポコッ!と、あっち側とこっち側から掘っていた穴が繋がった音がした。
「「「やったーーー!かいつーう!!」」」
掘っていた子達が、穴の中で手を繋いで喜んでいる。
うーん懐かしい光景だ。
「せんせー、川も作ろうよ」
「ほら、みち作ったから、水ながしてやろうぜ!」
少し大きい子達も、せっせと掘って作った長い道に水を流したくて堪らない様子だ。
うん、いくつになっても男子は泥遊び大好きだね。
「いいねー!先生もやりたいなー」
「しかたねーなぁ。じゃあ先生はこっちからな」
「いくよ」
「「「せーの!」」」
合図で一気に水を流し込み、みるみるうちに砂が水を吸っていく。
「まだたりねーぞ!もっと水はこべ!」
「いくぞ!」
そうして何往復かして水を入れて出来た川に、また大歓声が上がる。
「あれ?せんせい、かお、ついてるよ?」
「え~?ここ?」
「ちがうよー!あーあ、もっとよごれちゃった」
「ま、いっか。後でアルが魔法で綺麗にしてくれるし」
ねー?と笑顔でアルに顔を向けると、いつものように溜め息をつかれる。
「はぁ、仕方ありませんね。服も泥だらけですし、もうこの際思う存分どうぞ」
諦めた感のある言葉だが、その表情は、優しい。
「さすがアル。みんなも、後で綺麗にしてくれるから気にせず汚していいからねー?」
「「「やったーーー!!」」」
泥だらけの子ども達の数を見て、アルが顔を引きつらせたが、見なかったフリをした。
だって泥遊びは汚してこそだから。
「ねぇねぇ、るりせんせい!あとでフォルテもひいてね」
「えほんもよんでほしい!あたらしいおはなし、もってきてくれたんでしょ?」
「リリー、いまおひめさまがでてくるはなしにはまってるのよね」
「うん!」
女の子達も、相変わらず音楽や絵本に夢中のようだ。
「うん、もちろん!お昼ご飯の後にね」
「「「はーーーい!!」」」
そうそう、院長先生に提案して、お昼のお茶の時間には、軽めだが食事を提供してもらっている。
資金のこともあるので悩んだが、シトリン伯爵に相談すると、今後の参考になるから、と安く食材を提供してくれる商人さんを紹介してくれたのだ。
昼食を食べるようになって、子ども達の気持ちが安定し、身体の成長も良くなった気がすると言ってくれた。
そう言えばケンカも減ったらしい。
お腹すくとイライラしたりするしね。
こうやって、少しずつ子どもたちに喜んでもらえる事が増えると良いな、と思っている。
「綺麗なひとですね、青の聖女様は」
「…シトリン伯爵、奥様は…」
「ああ、そういう意味ではありませんよ。安心して下さい、ラピスラズリ団長。そうではなくて、ああして何でもない服を着て泥だらけになっているのに、その輝きが衰えるどころか増して見える。…きっと、子ども達を想う、心からの笑みを浮かべているからでしょうね」
「…そうですね。私も、美しいと思います」
レオンハルトの瑠璃を見つめる横顔を見て、シトリン伯爵は静かに笑みを浮かべた。
「でも、正直意外でした。貴方があっさりとルリに協力するのは」
「そうですね、最初に送られてきた書類を見てこれは…と思った事もだが、あの方はこの国をちゃんと見ていらした。そして、10年先、50年先を見据えて話しているのです。ならば賭けてみたいと思った。元の世界の幻影を追いかけている方や、目の前だけしか見えていない方なら、それとなく失礼のないように断っていましたよ」
ルリの人たらしも相当だな、とレオンハルトは思う。
「さあ、これから忙しくなりますよ」
「伯爵も楽しそうですね。貴方のそんな顔、久しぶりに見ました」
ははは、と笑うシトリン伯爵は、まるで青年のような快活さだった。
そうして話している二人から少し距離を取った場所で、アメジスト姉弟もまた、瑠璃のことを話していた。
「それで?貴方は諦めがついたのかしら?」
「姉上…実の弟に冷たくはないですか!?」
「だってねぇ…ラピスラズリ団長と一緒にいるルリ様を見れば、一目瞭然だもの」
「別に良いんですよ、俺は俺で想うだけですから」
不毛ね…という姉の呟きに、弟は無言を貫いたのだった。
「紅緒ちゃん、どうかしました?」
「あ、ううん。瑠璃さんってすごいなぁ…って思って。だって、回復魔法に頼るんじゃなくて、保存食や公園、保育園まで作ろうとしてる。今日もそれ関係の視察に行ってるんだっけ?」
「…私から言わせれば、紅緒ちゃんも十分すごいですよ。まだ未成年のあなたが、きちんと前を見て、国の為に何かをしたいと思っているんですから」
「…ん。ありがと」
「皆さん、昼食の時間ですよー!」
「あ。みんな、先生が呼んでるよ?お片付けして行こうか!」
「「「はーい!おなかへったーー!!」」」
今日も、子ども達は元気だ。
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それから暫くして、アレキサンドライト王国では、公園・保育施設などの設置が進み、幼少教育に力を入れるようになる。
その教育方法は、始めのうちは平民の間でのみ話題となっていたが、それに興味を持つ貴族も徐々に増え、次第に国中に広まることとなる。
それらの事業に深く関わり、また時には教師の一人として現場で子ども達と関わり続けた"青の聖女"。
その癒しの力だけに頼らず、自分で道を切り拓いた女性。
彼女には、聖女とはまた別の呼び名があった。
それは、"るりせんせい"。
多くの人は、彼女を親しみを込めてそう呼んでいたという。
これは、そんな青の聖女のはじまりのお話。
最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
一応ここで完結としました。
詳しくは活動報告をご覧いただけたらと思います。
途中難しい話が出てきてちびっこ不足に泣きたくなりましたが、無事に最後まで書けてほっとしています。
ありがとうございました(*^-^*)




