提案
「初めてお目にかかります。オースティン=シトリンと申します。これでも伯爵位を拝命しております。この度は青の聖女様からの面談希望、光栄に思っております。これでも急いで帰って来たのですが、大変お待たせしてしまって実に申し訳なく思っています。今日は短い時間ですが、どうぞよろしくお願いします」
本当、聞いていた通り穏やかな雰囲気の初老の紳士だわ。
親しみやすさと貫禄とが混ざり合った雰囲気で、頼りになりそうな方だ。
でも優しそうな見た目で判断しちゃいけないよね。
気を引き締めないと。
まずは現状の確認から。
貴族は10歳から通うことができる学園があり、それ以前は家庭教師をつける。
一方で平民は、10歳から通える学習所はあるものの、そこに通うかどうかは自由。
それ以前の教育は特になく、それぞれの家庭で必要なことを教えたり、自然と身に付けていたりである。
「…で、合ってますか?」
「はい、概ねそれで間違いありません。」
シトリン伯爵の言葉にほっとする。
わざわざ遠方から駆けつけてくれたのに、初歩から説明させるのは申し訳ない。
「それで聖女様が提案したいのは、学園や学習所よりも前、幼少期の教育ということですな。事前に頂いた幼少教育の重要性を記した書類、興味深く読ませて頂きましたよ。これらは、聖女様が暮らしていた世界での考えですかな?」
「はい」
「ではまず、聖女様の世界での教育の様子を聞かせて頂けますか?」
そう言われ、私は知っている限りの日本の教育の仕組みを話した。
7歳になる年から9年間義務教育があり、その後希望する者は3年間の高等教育、そして各人が学びたい専門的な分野に分かれて大学や専門学校と言った学校を選ぶこと。
7歳より前は保育・幼児教育と呼ばれ、遊びながら学べる施設に通うこと。
日本でも近年幼少期の経験・遊びの中の学びを重要視し始め、力を入れていること。
「…掻い摘まんでですが、このような感じです。この国と違って、貴族や平民といった身分はありませんし、魔法もない世界ですので、丸々取り入れる、というのは難しいと思いますが…」
「うむ。貴女のいう通りだ。素晴らしい仕組みだとは思うが、同じことをやろうと思うと問題点も多い」
シトリン伯爵も難しい顔をしてそう言った。
「ですが、この国は女性の社会進出が進んでいますよね?そういう働くお母さんの為にも、幼少教育の場はとても良い施設なんです」
「と言うと?」
「はい、お母さんは仕事の前にその施設に子どもを預けるんです。専門の保育者が責任を持って日中の遊びを見守り、その中で考え、学ぶ機会も増やします。また、食事やおやつの提供もしていました。もちろん、栄養を考えたメニューを。そして仕事が終われば迎えに来る。そういう場があれば、女性はもっと社会で活躍できますよね?」
「ふむ…なるほど。確かに女性の活躍がめざましい我が国にはピッタリかもしれん」
「ですが、いきなりこんな話を形にしても、皆さん戸惑いが大きくて受け入れてもらえないと思います」
シトリン伯爵の表情が、僅かだが変わった。
人は、新しいもの望むと共に、変化を恐れる生き物でもある。
…この国の前王が亡くなった時のように。
「ですから、まずは孤児院を利用してはどうかと。あと、公園も作ると良いかもしれません」
「コウエン?」
そう、この世界には公園的な物がなかった。
じゃあ平民の子ども達はどこで過ごしているのかと言うと、家や町中、近所の空き地などだ。
昔の子どもみたいな感じかな?
「公園、とは人々が自由に使える公共の遊び場みたいな物です。遊具が置いてあったり、砂場があったり。あと木々や草花もたくさん植えられていました」
「砂場…あの、最近城下の孤児院に作らせたと言う、あれのことですかな?今話題なのですよ、子ども達が生き生きと遊んでいると」
知っていてくれてるなら、話は早い!
「それです!そういう設備を普段の遊び場に自由に楽しめるように設置して、そこに専用の保育者も常設してはどうかと。赤ちゃんがいるお母さんなんかは、なかなか上のお子さんに満足に関わってあげられませんよね?そういう人の代わりに、子ども達と遊んでもらうんです。屋外・屋内両方作るとさらに良いですね。そうやって、まずは施設や、子どもを人に見てもらうことに慣れてはどうかと」
「ふーむ…今までにない試みだが…」
「でも、やってみる価値はあると思いませんか?」
そう言った時、考えるようにして俯いていたシトリン伯爵が、チラリとこちらを見た。
「公園を作って、損をすることはないと思います。だって市井の子ども達の普段の遊び場が、ちょっと変わっただけですもの。そこで遊ばなくなる、なんてことはないかと。その様子を見て、保育者をつけることを考え、それが上手くいけば、孤児院で短時間預かる制度の導入を考える。そして、それが広まればそれ専用の施設を作る。もちろん、保育者の育成は大事ですが。できれば読み書きなども教えられると良いですね。これらが上手くいかなそうであれば、公園という施設だけ残し、人々の暮らしに合う制度を考えればいい。ーーーどうでしょう?」
孤児院に通っていて知ったのだけど、この国では孤児院の存在を良く思っている人が多い。
貴族のクレアさんがボランティアで通っていることからも分かる。
バザー的なものを秋にやっていたりと、市民の人たちとの交流もあるのだとか。
それなら、短時間孤児院で子どもを預かってもらうことに、あまり抵抗はないのではないかと思ったのだ。
「…いや、恐れ入りましたな。いきなり新しい施設を作る、と言われたら保留にするつもりだったのですが。まさかこの国の実情を鑑みて提案なさるとは」
商人気質と聞いていたからね、きっと不確定すぎる事は嫌うと思ったのだ。
始めから大きな改革を起こさず、無用の長物とならない事を説明し、実用性と先のことを考えていると伝えれば何とかなるのでは?とも。
すぐに結果を求めず、スローステップでこの国の人に合わせた教育施設を作れば良い。
「確かに、子育てに忙しい母親は多い。需要はありそうだ。それに貴族とは違って、平民はどうしても教育的なことまで手が回らない。専門の教師が付いて、遊びながら学べるのならば、子ども達にとってはプラスでしかありませんね」
と、そこで一拍置いた後、問い掛けて来た。
「ですが、施設の建設は先のことなので置いておくとして、保育者の設置に育成となると、時間も資金もかかりますね?それはどうお考えで?」
「確かにそうですね。ですが、この制度が成功した時の実利を考えると、必要な投資だとは思いませんか?それに、幼少教育を重要視し、この先長く続くものを作るのなら、時間が掛かるのは当然です。」
ここで負けてはいけない。
伯爵の目をしっかり見て告げる。
「………ふっ、良くお考えでいらっしゃる」
「はい、伯爵はどう思われましたか?」
期待を込めて聞く。
すると、シトリン伯爵は顔の皺を深めて笑った。
「詰めなくてはいけないことも多いですが、私も、未来の子ども達の為に、是非やってみたいと思いましたよ」




