謝罪と抱擁
暫く涙目で混乱していた私だったが、少しずつ落ち着きを取り戻した。
だ、だって男の人のく…唇に触れるなんて初めてだもの!!
ちょっと位パニックになったって仕方ないじゃない!!!
あ、思い出すとまた顔に熱が…。
いかんいかん!やっと落ち着いて来たのに、これでは逆戻りだ。
「ルリ、悪かったな。あいつは人をからかうのが好きなんだ。…後で言っておく」
そう言うとレオンハルトさんは口付けられた手の甲をハンカチで拭ってくれた。
………まだ?長くないですか?
「ラピスラズリ団長、その辺りで。まあ一応、ただの挨拶ですし、それ程気になさらなくても」
「………………に。」
ぽつりと何事かを零したようだったが、聞こえなかった。
「え?何か言いましたか?」
「いや、何でもない。ルリ、少し良いか?話がある」
はい、と返事をするとすぐにそのまま手を引かれた。
「え、あ、もう行くんですか?あの、騎士の皆さんたくさん食べて下さってありがとうございました。これからも頑張って下さいね!」
慌てて騎士達の方を振り返ってそう挨拶すると、みんな笑顔で手を振ってくれた。
みんな良い人だったな。
お世辞も入ってるんだろうけど、美味しいってたくさん言ってくれたし。
うん、遠征食作りも頑張ろう!ってやる気湧いてきた。
「…おい、団長の呟き、聞こえた奴いたか?」
「聞こえはしなかったが…唇の動きからして『俺だって触れたことがないのに』だったぞ」
「「「「………………」」」」
自分達の団長(氷の魔王様)の意外な一面が見れて、騎士達に親近感が湧いた。
「俺、団長のこと応援する」
「俺も。聖女様可愛かったし」
「それな」
騎士達の心がひとつになった、その脇では。
「はぁ…やっぱり団長には敵わないかもな…」
「よし、今日は呑みに行こう。奢ってやる」
「きっと他に良い出会いがあるさ」
がっくりと肩を下ろすルイスを慰める一団もいたのだったーーーー。
「あの、レオンハルトさん、どこへ?」
「団長室だ。二人で話したいからな」
手をしっかり握られて早足で歩いていく。
でも、足の長さが違いすぎて私は小走りだ。
何か怒ってる?
…私が、勝手な事したから?
ウィルさんにも色々言われたけど、レオンハルトさんにも注意したいことがあるのかもしれない。
軽率な事をしたのは自分だ、怒られるのは甘んじて受けよう。
…氷の魔王様モード、恐いけど。
何とか耐えよう、と決意した時、丁度団長室に着いたらしい。
扉の前には、警備の騎士さんが立っていた。
「これは、団長。お戻りですか」
「ああ、暫く部屋には誰も入れるな。急用があれば、外から呼べ」
性急なレオンハルトさんに、騎士さんも少し怪訝な表情をした。
「あ、すみません、お邪魔します」
一応一声かけておこうとそう言うと、今度は目を見開いて固まった。
レオンハルトさんに隠れて見えなかったから驚いたのかな?
それでも、どうぞと言ってくれたのでお礼を言うと、後から黙ってついて来ていたアルが口を開いた。
「私も、扉の前で待たせて頂きます」
「…ああ。だが、中には入るな。何かあれば、俺が守る」
「あ、ごめんねアル。少し待ってて」
「お気になさらず」
そう言って微笑むアルの顔が、パタンと閉まる扉の間から見えた。
しん、と静まる部屋に入ったは良いが、手は握られたままなのに、会話がない。
ここは先手必勝!と思い、謝罪の言葉を口にする。
「あの、レオンハルトさん、先程はごめーーー」
「無事で、良かった」
手首を返され、ぎゅっと抱き締められた。
「!!!!???ちょ、あの!?」
思わず胸に手をつこうとしたが、その腕が微かに震えているのに気付くと、拒否することは出来なかった。
まるで、大切なものを失うのを怖れるように。
ここにあるのだと、確かめるように触れるから。
ーーーーああ、私は、心配をかけてしまったんだ。
そう、気付いた。
「あれが、噂の青の聖女様ですか」
「ええ」
団長室の前では、アルフレッドが騎士と静かに話していた。
「あんな団長、初めて見ましたよ。噂なんて、と思っていましたが、強ち間違ってはいないようですね」
「…私も、睨まれてしまいました。まあ、自業自得なんですが」
それは災難でしたね、と騎士は苦笑する。
「…とても大切にされているようですね」
「そのようですね」
「団長もですが、サファイア殿、貴方も」
一瞬の間を置いてアルフレッドが答えた言葉に、騎士は微笑んだ。
「…レオンハルトさん?あの、大丈夫ですよ?私、ちゃんとここに居ます。」
抱き込まれているので表情は見えなかったが、うん、と頷くだけの返事を返してくれた。
「ごめんなさい。私、まだちゃんと聖女っていう立場を理解していませんでした。それに、レオンハルトさんの心配してくれている気持ちも。ウィルさんが言ってたみたいに、もっと考えて行動しないといけない、って痛感しました」
そこで少し腕の力を弱めてくれたので、そろりと顔を胸から離し、表情を覗く。
綺麗な、アイスブルーの瞳だ。
「それと、ありがとうございました。助けて頂いて。すごく嬉しかったです。その、ちょっと恥ずかしかったけど、恐いの吹っ飛んじゃって。レオンハルトさんのお陰です」
お礼はちゃんと目を見て言わなくてはいけない。
子ども達に何度も言ってきた事だ。
恥ずかしくてすぐに目を逸らしてしまったが、笑顔で伝えれば、気持ちも伝わる。
「…貴女は、笑顔が美しいな」
漸くレオンハルトさんは表情を緩めると、背中に回っていた手を片方、私の首筋へとゆっくりと移動した。
どうしたんだろうと視線を戻すと、思っていたよりも顔が近くてーーーー
ちゅ、とこめかみの辺りで、音がした。




