不適な笑み
「勿論、それに頼りきりにならず、私自身もお守りするつもりでいますが。貴女はあまり厳重に警護されるのを望まないでしょう?ある程度自由にさせながら守る為に、このような方法を。今回恐い思いをさせてしまったのは私の落ち度ですが…」
な、なるほど…。
確かに護衛さんをゾロゾロ引き連れるのはちょっと…。
「確かに、護衛騎士としては少し迂闊な行動だったな」
「!レオンハルトさん。いえ、これは私が言い出したことで…」
無表情にも見えるが僅かに不機嫌そうな面持ちで現れたレオンハルトさんに、咄嗟にアルを庇おうとしたが、その冷たい眼差しに口をつぐんでしまった。
「…ええ。いくら魔術師団長お墨付きの結界だとは言え、ルリ様には申し訳ないことをしました」
「アル!だってそれは…」
「ルリ様」
ここは退いてください、と目で訴えられれば、何も言えなくなってしまう。
気まずい雰囲気が流れた時、初めて聞く声が、その場を割った。
「まあまあ、レオン。そうカリカリするな。アルフレッドも分かっているさ」
う、わぁぁぁぁぁーーーーーー!
声のした方に振り返ってみると、そこには同じ騎士服に身を包んでいるが、レオンハルトさんとはまた違った雰囲気の男性がいた。
「初めてお目にかかります、青の聖女様。第二騎士団の副団長を拝命しております、ウィル=アクアマリンと申します」
落ち着いた話し方で柔らかい雰囲気。
少しクセのある黒に近い紫の髪と、淡い水色の瞳がアンバランスなのに、何故か色っぽい。
大人の男性、って感じ。
そしてお決まりのようにイケメン。
モ、モテそう…。
はっ!
「あ、ご丁寧にありがとうございます。はじめまして、ルリと申します。今日は訓練中にお邪魔してしまいまして、すみません」
よしよし、今度は注意されずに自分で戻ってこれたぞ!
アルがジト目で見ていることなんて気付いていませんからね!
「レオンからよくお話は伺っていましたが、可愛らしい方ですね。それに、心優しいとの噂も本当のようだ」
…その上、口まで上手いときた。
しかし、次の言葉で私の表情は固まる。
「ですが、聖女様も自覚をお持ち下さい。彼は護衛という立場であり、職務がある。そして貴女は聖女だ。もう少し、自分がどれだけ貴重な存在であるかを分かって頂きたい」
「あ…」
「いえ、今回の事は私の油断のせいです」
戸惑う私に、アルが一歩前に出てそう言ってくれた。
「まあ、それも勿論あるがな。しかし、本人もおっしゃるように、聖女様にも非はあるのだろう?ならば気を付けて頂かなければ。守る側の負担が増えるのは困る」
「ウィル、言い過ぎだ。止めろ」
「誰も言わないから俺が言っているんだ」
レオンハルトさんがフォローしてくれようとしたが、彼の言っている事は、正しい。
聖女であることを受け入れるのであれば、守られることにも慣れなくてはならない。
「…私の、自覚が足りませんでした。申し訳ありません」
そう言って頭を下げると、それまで穏やかな笑みを崩さなかったウィルさんが、少しだけ驚いたような表情になる。
「…なるほど。純真無垢な聖女様かと思えば、それだけではないようだ。これは、ひょっとするかもしれないな」
「…何のことですか?」
面白い物を見つけた、という目をして笑うウィルさんに、少しだけ怯んでしまう。
思わず隣にいたレオンハルトさんのマントを掴んでしまった。
「嫌だな、そんなに警戒しないで下さいよ。ただ、無知な人間やお高く止まった令嬢は勘弁、と思っていたのでね。安心しましたよ、貴女みたいな人で」
…お高くは止まってないけど、この世界において無知な所はあるかもしれない。
そんなことありません!と即座に否定出来ない所が悲しい。
「ふっ!それに、自分を客観視することも出来るようだ。ますます気に入りましたよ」
何故かその笑みが意地悪なものに変わった気がして、そろっとレオンハルトさんの後ろに隠れた。
…この人とは、あんまり関わりたくないかも。
「おや、嫌われてしまったかな?まあ、今日は挨拶するだけの予定でしたし、この辺りで退散しますよ。少し仕事がありますので。ああ、そうだ」
そこで言葉を切ると、徐に私の方へ近付いてきて、スッと手を取られた。
「お菓子、とても美味しかったですよ。遠征食も期待しています。青の聖女様に敬意を」
そしてちゅ、と軽い音が、し、た………?
「~っっっ○✕%△+□*☆!!!?」
「ウィル!!!」
手の甲に口付けられたと気付いて、声にならない悲鳴を上げる私と激怒するレオンハルトさんを横目に、ウィルさんは笑い声を残して去って行ったのだったーーーー。
そんな瑠璃たちを、遠くから一対の目が見つめていた。
「ふふっ!思ってた通り、上手くいったわ。ちょぉっとびっくりさせ過ぎちゃったかなと思わなくもないけど。」
女は楽しそうに金髪の髪をくるくると弄ぶ。
そして自分の魔力ならば、風を操り剣を飛ばすことなど造作無い、と不敵に笑った。
「ギースも上手いことやってくれたわ。それにしてもレオンはさすがよね。あれだけ離れた位置から間に合わせるんだもの。風属性魔法を使って速度を上げたみたいね」
普段澄ましたあの男の顔を歪めただけでも、やった甲斐はあるというものだ。
「さて、これからどう動いてくれるのかしら?ルリセンセイ?」
楽しみだわ、との呟きは、誰の耳にも届くことはなかったーーーー。




