希望
「まあ、初めは聖女様だからって無条件に受け入れなきゃいけないの?って思ってたんだけど。実際に会ってみれば、貴女も他の二人もちゃんとしてるし、聖女って肩書きに胡座かいたりしないって分かったから、ちゃんと向き合おうと思ったわ。やっぱりその人自身を見るのって大切ね」
あはは、と笑い飛ばしましたけど、はじめは私達に良い印象無かったんですね。
まあ、そうよね。
いきなり現れた人間を、敬えー!奉れー!なんて言われても…って感じだ。
召喚されたとは言え、受けるのは好意ばかりで無いのだと、ちゃんと理解していなければ。
「さあ、そろそろ訓練場に持って行ってあげて。きっと今か今かとソワソワしてるわ。…あら?私ったら、いつの間にか敬語が取れてしまっていましたね。申し訳ありません」
「いえ!どうか普通に話して下さい。それと聖女様、じゃなくて、名前で呼んで頂けると嬉しいです」
「そう?では、ルリ様と。またお話しましょうね。それに、お料理も一緒に」
そうして握手を交わし、たくさんの差し入れを持って訓練場へと向かった。
「貴女は、不思議な人ですね」
「え?」
たくさんの差し入れを持って訓練場へと向かう道すがら、アルがぽつりと零す。
「ルビー料理長と言えば、大の男も恐れおののく女傑と有名なんですよ。努力家で、怠惰を許さない。あの若さで料理長になり、年上の料理人達を顎で使うのですから、余程ですよ」
うーん確かに、私も最初30歳くらいの女の人が料理長!?って思ったもんなぁ。
でもその地位に相応しい料理の腕だったし、何より芯の通った女性だ。
この人になら付いていきたい、と思わせる何かがある。
それはきっと、彼女の思いの強さと努力によるものが大きいのだろう。
「それ程の人が、すぐに貴女には胸の内を見せた。…あの人は、ずっと騎士団の遠征食を変えようと奔走していたんです。少しずつ改善されていったのは、彼女のおかげだ。まあ、それでも現実は厳しくて。せめて王宮にいる間くらいは美味しいもの食べさせてやりたい、って笑っていたのを思い出しました」
うん、想像できる。
ベアトリスさんの過去を語る言葉は温かくて、優しい表情をしていたもの。
「ルリ様、ありがとうございます。あの人に、希望を与えてくれて」
「そんな!私はちょっと提案しただけだよ。それを実現したのも、活かそうとしてるのも、この国の人達でしょ?私こそ、ありがとう。素敵な話を聞かせてもらっちゃった。アルにとって、ベアトリスさんは優しいお姉さんなんだね!」
「優しい…?」
あれ?
「あんな幼い子ども相手に手加減などせず、本気の手合わせしかやらない、痛いこと平気でする、その上『よわ~い』とか言って心までバキボキ折るあの人が?退団したくせに何かとイチャモン付けてきて、ちゃっかり結婚して『お一人様は淋しいわねぇ』とか何とか嫌味言ってくる人がですか?目、腐ってるんですか、ルリ様は!?」
「お、落ち着いて、アル…」
どうやらアルが独り身なのは、ベアトリスさんによる女性へのトラウマによるところが大きいらしい。
女性の見た目には騙されません、とキッパリ言っていた。
「あ、ルリさん!おーい!」
何とかアルを宥めながら訓練場に着くと、すぐにルイスさんが気付いて手を振ってくれた。
うーん、ルイスさんって犬っぽい。
黙ってるとかっこいいのに、あの笑顔と人懐っこさで親しみやすさの方が勝っている。
…しっぽ振ってるみたいで、可愛い。
「うわ、大荷物ですね。ひょっとして、皆の分も作ってくれたんですか?」
「あ、うん。ルイスさんだけに渡すのもおかしいかなと思って、料理長さんにお願いして作らせてもらったんです」
「はは…そうですよね、俺だけじゃ変ですよね…」
私の言葉に、何故か幻の耳としっぽがペタンと元気を無くした。
そして他の騎士さん達に肩や背中をポン、と叩かれている。
「…私、余計なことしましたか?」
「ルリ様、そっとしておいてやって下さい。アメジスト殿ならその内復活できますから」
アルには理由が分かったようだったが、私にはサッパリだ。
迷惑だったかな?と聞いてみたが、笑顔で首を振られるのみだった。
「何?ルリが?」
「ああ、いらしているようだ。さっきここに来る前、騎士達が話していた。どうやらお土産付きのようだぞ。大荷物だそうだ」
その頃、団長室ではレオンハルトが副団長のウィルからそう報告を受けていた。
「彼女の事だ。きっと騎士たちへ差し入れでも持って来たのだろう。私達も行くか」
「初めてお目にかかるし、俺も挨拶しなくてはな」
そう話しながら、二人は訓練場へと足を運んだ。
先程のやり取りの意味はやはり分からなかったが、気にすることでも無いかと、差し入れを渡すのに観覧席から降りようとすると、一人の騎士さんがアルに声を掛けてきた。
「よう、アルフレッド。どうだ?久しぶりに俺と手合わせしないか?」
「ああ、ギースか。いや、今は職務中だから遠慮する」
おお、アルにも第二騎士団に知り合いがいたのね。
歳も同じくらいだし、親しげに話している所を見ると友達かな?
手合わせかぁ…そう言えば私、アルが戦ってる所、見たこと無い。
元隊長さんって言ってたし、きっと強いんだろうなぁ。
そわっ。
……見てみたいかも。
「ねえ、アル。折角お友達に会えたのだし、やれば良いのに。護衛なら、ここに騎士の皆がいるじゃない。それに、私もアルが戦ってる所、見てみたい!!」
「ルリ様、最後が本音ですよね?」
「ほら、聖女様もそう言ってる事だし、良いだろ?少しだけ。それに、どうせちゃんと付いてるんだろ?」
「…まあな。はあ、分かりました。ルリ様はこちらに座っていて下さいね。」
わくわくする私の顔を見て、仕方ないとアルは訓練場に降りた。
位置に付くと、アルが剣を抜き、ギースさんに向かって構える。
「アルの剣は細剣なのね。イメージぴったり」
がっちりと言うより細身で、中性的な顔立ちのアルに細剣、所謂レイピアはすごく似合っていた。
よく見ると、刀身が青く光っている。
「あいつの剣は特注品でな。炎の魔力が込められているんだ」
「レオンハルトさん」
少し離れた所からレオンハルトさんと、彼より少し年上に見える男性が現れた。
「魔力って…」
「ルリ様っ!!!」
突然叫ばれたアルの声に振り返る。
「え…」
とんできた、剣がみえた。




