ラピスラズリ家2
「…どう思う?」
「明らかに外国の方ですね。あのようなお召し物は見たことがございません。それに、貴族の方でもない。…ですが、所作を見ると粗暴というわけでもなく、お話を聞いている限りでは知識もおありですね。」
「うん。何より、リーナが全くと言って良い程警戒していない」
リーナ達が退出し、レイモンドはセバスと瑠璃について話し合っていた。
リリアナは、極度の人見知りだった。
厳密に言えば、人の悪意に敏感で警戒心が強い。
家族や生まれた頃からの使用人にはそうでもないが、まだ雇われて日の浅い者の中には、その声すら聞いたことがないと言う者もいる。
だからといって話せないわけでも、感情がないわけでも無いので、皆それ程気にはしていなかった。
だが、問題もあった。
リリアナは侯爵家の令嬢だ。
幼い頃からの教育が必要である。
その為、家庭教師が派遣されたのだが、これが全く慣れなかった。
何度も人を変えてみたが、結果は全員お断り。
それはそうだろう、まず会話が成立しない。
だが、リリアナが「あのひと、へん」と言った教師が問題のある人間だと後に判明した事もあるので、リリアナの警戒心が功を奏した例もある。
なので、一方的にリリアナに言うことを聞くように言い含めることも出来なかった。
そんな時に現れたのが、瑠璃だ。
聞けば、初対面から会話もしたらしい。
兄やセバスなど親しい者もいない状況で、どう考えても怪しい人物相手に。
これは今までに考えられない事であった。
初めはレイモンドやセバスも瑠璃を警戒していたが、言動は礼儀正しく、服装は変だが清潔感があった。
何より、リリアナが一緒にいたいと、おそらく家族以外で初めて言ったのだ。
これは…と思うのも当然である。
「ですが、イズミ様にお嬢様の教育を全てお任せするのは如何かと」
「うん…まずはルリ様がどれだけ教養のある方か、確かめないとね。足りないところは、ルリ様にも学んでもらって、それをリーナに教えたらどうだろう?それか、ルリ様と一緒に講義を受けてもらうとか?あの様子ならリーナ側には問題ないだろう」
「成る程。さすが坊っちゃまですね」
「…その呼び方は止めてって言ってるのに」
リリアナの兄であるレイモンドは、所謂天才だった。
子どもらしくない、とも言う。
だが、ラピスラズリ家の大きな愛情により、ひねくれてはいなかった。
リリアナのことも大切に思っており、家庭教師の問題に悩んでいた一人だ。
瑠璃の事を全面的に信用した訳ではないが、期待は持っている。
「後は、父上と母上だな…」
その時、ラピスラズリ侯爵夫人の帰宅を告げる鐘が鳴った。
「ふうん?私が茶会に出掛けている間に、面白いことになったみたいね」
白金の髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ儚い容姿とは裏腹に、ラピスラズリ侯爵夫人であるエレオノーラは、なかなかの性格の持ち主だった。
しかし、お茶会用のドレスを脱ぎ、簡素なものに着替えても、そのたおやかな美しさは損なわれておらず、さすが社交界を彩る華の一人であることを感じさせられる。
「で、レイもこの件には賛成しているのね?」
因みにレイモンドは剣術指南を受けるために、この場にはいなかった。
侯爵家の後継ぎだ、それはもう忙しい。
「はい、私もマーサも、そしてお嬢様の乳母であるマリアも、瑠璃様にお願い出来たらと思っております。」
「分かったわ。取り敢えず、本人にお会いしてみないとね」
まるで女神かのような微笑だが、その目の奥に、面白がっている光があることが、分かる者には分かる。
「あと、もう一つお耳に入れたいことが…」
マーサが遠慮がちにエレオノーラに声を掛ける。
「大したことではないのですが…ーーーー」
瑠璃が欲しがったという物の報告に、エレオノーラも訝しむ。
「…そんなもの、どうするのかしら?」
「はい、私も不思議に思ったのですが、何分奥様のご用意が整うには時間がありますので、恐らく時間を潰す為に何かなさっているのだと…。一応お嬢様のお部屋の前にはマリアが控えておりますし、おかしなことがあれば、すぐに駆け込むでしょう」
「そうね。でも、一体何をしているのかしら」
二人がセバスに目を向けたが、彼も首を傾げるだけであった。
「…まあ良いわ。後から本人に聞く。リーナが目覚めると厄介だから、そろそろ行きましょう」
確かに、あの懐き様では、目覚めて瑠璃がいないとリリアナが狼狽えそうだ。
そう考えた三人は、瑠璃と話をするため、応接室へと向かうのであった。