料理長の感謝
「お初にお目にかかります、青の聖女様。私が王宮料理長のベアトリス=ルビーです。よろしくお願いします」
うわあああ!長身美女きたーーー!!!
某歌劇団の男役とか似合いそう!!
えっ!?って言うか料理長!?
「ルリ様、全部顔に出ていらっしゃいますよ」
「はっ!嘘!?」
アル、また溜め息つかないで!
「ふふっ!話には聞いておりましたが、本当に感情豊かな方ですね。お会い出来るのを楽しみにしていました」
ベアトリスさんと名乗った料理長さんは、30歳前後の焦げ茶の髪を後で一つに結んだ、暗めの赤い瞳が印象的な美女だ。
よく見ると体つきもしなやかで、男性だけでなく、女性からも人気があるのではないだろうか。
「ルリ様、ルビー料理長は第三騎士団に在籍していた元女性騎士です。怪我の為に退団する事になりましたが、第三騎士団長を兄に持つ、相当な女傑です。見た目に騙されてはいけませんよ」
「え!?そうなんですか?」
「あら、随分な言い草ね、アルフレッド。あなた小さい時は可愛かったのに。すっかりひねくれちゃって」
「…昔の話はお止め下さい」
はぁー美女は悪戯そうに笑っても絵になるわぁ。
しかも女性騎士なんてかっこいい!!
あれ?アルフレッドと呼んでいるという事は、親しいのかしら?
それも幼い頃から。
アルの小さい頃…
可愛かったんだろうなぁ!
こんな美人のお姉さんに剣の稽古つけてもらったり?
負けて泣いちゃったり?
かーわーいーいー!!
「ルリ様」
はっ!
「恐らく当たっていますが、想像するのはお止め下さい」
ご、ごめん…。
て言うか、何で分かったの!?
笑顔なのに目笑ってないの、怖いから!
「さて、それでは何を作りましょうか?材料は事前に聞いていた物を用意しておきましたよ」
「ありがとうございます。あの、それと実は……。」
申し訳なく思いながらも先程のルイスさんとのやり取りを話し、余分に作りたいとお願いする。
「まあ…騎士たちに?」
「はい…あと、出来れば紅緒ちゃんと黄華さんの分も。すみません、我が儘言って」
やはり迷惑だっただろうかと思い俯くと、くすりと頭上から笑う気配がした。
「いえ、よろしいんですよ。こちらがお願いしたいくらいです。騎士達はいつもお腹を減らしていますからね。第二は貴族が多いですが、そこは第三と似たようなものです。それに、赤と黄の聖女様方もお喜びになるでしょう。ーーー故郷の、味でしょうから」
はっと顔を上げると、ゆっくりと頷いてくれた。
「それに私も味見したいですし、たくさん作るのは大歓迎ですわ」
「あ、ありがとうございます!では、まず…」
とりあえず以前試作で作ったものと、豚の生姜焼きや鮭のムニエル、鶏ハムなどを手伝ってもらいながら作っていく。
戦闘中でも直ぐに食べられるクッキーや、朝食に食べやすいドライフルーツの入ったパウンドケーキなんかも用意した。
これは多めに作って、後から紅緒ちゃんや黄華さん、騎士団の皆さんに配る予定。
それとベアトリスさんに教えてもらいながら、普段貴族出身の騎士達が好んでいるような料理で、遠征食に出来そうな物も作ってみた。
ちゃんと忘れずに「疲れが取れますように」「これを食べて、元気が出ますように」って祈りも込めましたよ。
しかし私が作らないと回復効果が付かないっていうのが不便なのよね…。
まあ普通の食事としての保存食なら、誰が作っても良いんだけどね。
とりあえず、回復効果が時間の経過と共に無くならないかだけは検証しておかないと。
「たくさん出来ましたね。それにしても、お料理が本当に上手でびっくりしました。それに手際もとても良くて」
まあ、効率良くやるのは仕事で慣れてますから…。
子ども達を見て、事務作業もやって、次の日の用意に行事の準備、それから家事も…なんて、効率良くやらないと終わらないんですよ。
「おっ!やってますねー!」
「うわぁ、色々あるんですね!美味しそう!」
あの忙しさを思い出して遠い目をしていると、缶詰やパックを開発してくれた技師さんや魔術師さん達がやって来た。
「あ、皆さんこんにちは。これ、よろしくお願いします」
「「「任せて下さい!!!」」
すっかり顔馴染みになった方々は、手際良く料理やお菓子を缶やパックに詰めていく。
そして何やら魔法もかけて、完成。
「わあ、凄いです!私が知ってる缶詰と真空パックにそっくり!」
「良かったです!ではこれを数日保存して、腐敗の進行と回復効果の低下を調べていきますね」
それで問題なければ実用化する、と。
こうして自分が提案したことが形になると嬉しい。
勿論、色々考えてくれた皆のおかげなんだけど。
上手くいくと良いな…。
「では、一応これで一区切りですね。皆さん、私の大雑把な話を形にして下さってありがとうございました。もしお時間があれば、お料理、食べて行って下さいね。詰めた分以外に取ってありますので」
「「「勿論、遠慮なく頂きまーす!!」」」
「うわ、美味しい」
「初めて食べる味だけど、俺これ好きだわ!」
良かった、皆の口にも合ったみたい。
「私も頂いてよろしいかしら?」
チーム・遠征食の皆が美味しそうに食べている姿を見ていると、ベアトリスさんが声を掛けてきた。
「はい、勿論です。料理長さんに食べて頂くのは、ちょっと緊張しますけど」
「そんなことないわ。……うん、美味しい。これが遠征時にも食べられるなんて、夢のようだわ」
そう言って顔を綻ばせたベアトリスさんは、まだ騎士だった頃の話をしてくれた。
「私が騎士団にいた時もね、それはもう酷い物だったわよ。その頃料理をしたことがなかった私が、幸いにもまあまあの腕だったから何とかなっていたけれど。…他の隊はどうだったかを考えると恐ろしいわね。でも怪我をしてしまってね。色んな意味で惜しまれたわ」
「あはは…それは、そうでしょうね」
「それでね、考えたの。せめて少しでも食事事情を改善したいって。必死に料理を学んで、料理長になったわ。干し肉や堅パン、ドライフルーツくらいしか提供出来なかったけど」
そう言えばそんなことをレオンハルトさんも言っていた。
あれも、ベアトリスさんが考えたここ数年の話だったのか。
「だからね、貴女には感謝してるの。回復効果のある食べ物を作るだけでなく、保存方法まで提案してくれて。ーーー騎士達を、大切にしてくれて、ありがとう」
ゆっくりとこちらを向き、穏やかな笑顔をしたベアトリスさんは、とても綺麗だった。




