悩みの解決と継続
クレアさんと話した日の夜、早速エドワードさんとエレオノーラさんにも相談してみた。
二人とも話を最後まで聞いてくれて、私が決めた事なら応援してくれると言ってくれた。
そしてもう一つ、気になっていた事についても話してみた。
それは、私の家庭教師という立場だ。
確かに私がこの世界に来た当初は、リーナちゃんが誰かに教わることが難しく、懐いた私に白羽の矢が立ったのは分かる。
でも、今は違う。
私がいなくても人と関わることに慣れてきているし、学びたいという意欲もある。
これから少しずつお茶会などにも顔を出し、貴族のお友達も作っていこうとしている。
けれど私にはお茶会に必要なマナーを教えることは出来ないし、この国の歴史や常識もまだよく知らない。
そんな私が家庭教師という立場に置かれたままなのは、おかしいと思う。
最悪、クビだって有り得ると覚悟していたのだが。
「まあ、家庭教師という枠に囚われなくても良いのではないか?」
「そうよ。貴女が気に入ったから誘ったというだけだもの。何ならお友達枠としてここで暮らしてくれても良いのよ?」
…何だそんな事か、と笑われてしまった。
とりあえず、やりたい事はやれば良いし、このままリーナちゃんと過ごせる時は遊んでやってほしい、という事だ。
こんな都合のいい話ある?
現代日本なら間違いなく詐欺を疑うレベルである。
まあ何にしろ、これで不安に思っていた事は少し解決した。
すぐに二人に相談して良かった、と心から思う。
「そう、ですか。ルリがそんなことを」
「ああ。お前は複雑かもしれんがな」
ルリから相談を受けた数日後、エドワードは第二騎士団の団長室に来ていた。
他でもない、ルリの申し出についてだ。
「結局、私の心配など必要なかったという事ですね」
「はは。思っていた以上に強い女性だったという事だろう。それに、あの晩お前と話してからだぞ?ルリが自分の意志でもってこの国と関わりたいと言ってきたのは。お前の気持ちが、ルリを動かしたのかもしれないな」
「俺は、別に…」
「恐らくだが、これまでのルリは、どこかでこの世界で生きることを否定していた。自分から外に出て行くことも、力を見せることもしなかった。むしろ、隠そうとしていた。だが、そうはしつつも、ここに存在している理由を求めていたし、一人の人間として見てもらいたいとも思っていた。その、見方によれば相反するとも言える感情に寄り添ったのが、お前だったのではないか?」
「…自分でも分からなかったんです。俺は、騎士団長だ。国を思えば、ルリの力を求めるべきで、彼女に選択の自由など与えてはいけない。でも…できなかった」
「ルリを一人の人間として見て、その意志を尊重したかったのだろう?」
「…そんな崇高な考えではありませんよ。ただ、俺にとっては、側に居てくれるだけで良かったんだ。聖女だから惹かれたのではない。ルリだから、求めた。…後は、自分だけの物にしたかったという、ちっぽけな独占欲でしょうか。だからと言って、結局国を捨てることもできず、ルリの優しさに甘えてしまった訳ですが」
いつの間にか一人称が俺になっている弟に、エドワードはふうっ、と溜め息をつく。
堅物のこの男が、身分も地位も考えず、レオンハルトとして話す時にだけ表れる癖だ。
「それは、無理に答えを出さなくても良い事なのではないか?大切に思うものに順序を付けるなど、簡単に答えの出るものではない。人間、一つや二つ、生涯に渡って悩む事があっても良いだろう」
「ははっ、兄上らしいですね。…でも、ありがとうございます。俺も、吹っ切れました」
冷徹だと言われてきた弟の、こんな表情が見られるようになるとは、とエドワードは思う。
まるでただの恋に翻弄される少年だ。
「まあ、存分に悩むと良いさ、青年」
何ですかそれは、とムッとした表情すらも、微笑ましい。
「ところで教育に携わりたい、となると…やはり彼にご助力頂くのですか?」
「ああ、陛下にも話を通してある。また一人、聖女様が国を思って動いてくれようとしていることに、宰相は大喜びだそうだ」
「あの狸親父…」
宰相の掌で踊ることにはなりたくないな、と思うレオンハルトの眉間には、深い皺が刻まれていた。
「あれ?ルリさん、今日はどうしたんですか?サファイア様も、お疲れ様です」
「第二のルイス=アメジストか。これから訓練か?」
「はい」
アルと一緒に王宮を歩いていると、後からルイスさんに声を掛けられた。
「例の遠征食のことで、保存用の缶とパックが出来たって呼ばれたの。折角だから厨房で作ってみようかと。密封とか保存期間とかも気になるし、回復効果が持続するのかも試したいから」
そう、ついに缶詰と真空パックが完成したのだ。
賢い人って本当にすごい。
「なるほど。ルリさんのおかげで次の遠征はまともな食事が食べられそうだ、って第二の連中もすごく期待してますよ。もちろん、俺も」
「期待に沿えられるように頑張るね。あ、そうだ。もし余ったら、差し入れに持って行こうか?」
「マジで!?うわー嬉しい!!」
ルイスさんの目がぱっと大きく開いて満面の笑みとなった。
何気なく言っただけなのに、そんなに喜ぶことかしら?
あ、聖女様の作った物だからか。
「あの、そんな大層な物じゃないからね?回復効果はあるけど、味は普通だし」
「いや、絶対美味しいですって!例のお礼のクッキー貰った第一の騎士も絶賛してましたし。まあそんな謙虚な所も、ルリさんの良いところですけど」
みんな大袈裟じゃない?
悪いけど、元の世界でも料理上手って褒められたことないよ?
…まあ、食べてもらう男性がいなかっただけかもしれないけど!
「おーい!ルイス急げ!」
「あ、やば、呼ばれてる。すみませんルリさん、俺行きます。楽しみに待ってますね!」
「うん、訓練頑張ってね」
軽く手を振ると、ルイスさんも人懐っこい笑顔を返してくれ、走って訓練場へと向かって行った。
「ルリ様、貴女って人は…」
「ん?どうかした?」
「…いえ、別に。彼もですが、第二の団長が気の毒でなりません」
「へ?あ、そうだね、レオンハルトさんの分もあった方がいいよね!って言うか、訓練してるんだから、騎士さん達もいっぱいいるだろうし、差し入れもたくさんないといけないかも!」
「…はあ。別に、適当で良いんじゃないですか?」
…何でアル、溜め息ついてるのよ?




