新たな一歩
「わあ!リーナちゃん上手になったね。」
「まいにちがんばってるもん」
両手で弾けるようになったリーナちゃんの演奏は、拙いなりにも弾くことを楽しんでいる気持ちが込められていて、とても綺麗な音色だ。
そういえば光属性持ちなんだもんね。
私も無意識にやっているっぽいが、音色に魔力を込めたりも出来るようになるかもしれない。
そんな事になったら、リーナちゃんも聖女様扱いされるかもなぁ。
成長したら絶対美人だし、笑顔なんて眩しいし、何たって性格が可愛い!!
その上もし光属性魔法で国を救ったりなんかしちゃったら…そりゃあ私なんかよりも聖女様っぽいよね。
はっ!王子様の婚約者に……とかそんな話になったり!?
今話題の悪役令嬢とか出てきたり!!?
「ルリ様、戻ってきて下さいな」
「るりせんせい、どうしたの?」
「あ。ごめんなさい、クレアさん、リーナちゃん」
想像が膨らみすぎちゃって。
「さあ、では今日はルリ様の演奏も聞かせて下さいね」
「るりせんせい、がんばれー!」
「はい、お願いします」
ついでと言ってはなんだが、私もピアノが趣味の一つだったこともあり、この世界の楽譜を頂いて、こうしてたまにフォルテをクレアさんに聞いてもらっている。
今日聞いてもらっているのは、風の曲。
穏やかさ、激しさ、優しさ、軽やかさ。
色んな表情のある曲だ。
リーナちゃんがコロコロ変わる曲調に、リズムにのって揺れていたり、びっくりしたりしているのが視界の端に映る。
ふふっ、可愛い。
きっと気付かないうちに笑っていたのだろう、演奏後にクレアさんに、楽しそうでしたね、と言われた。
うん、確かに楽しかった。
「何か心境の変化でもありましたか?今日は、以前の音とは少し違いましたね」
「…分かるんですか?」
「ええ、音には心が表れるものですよ。以前からとても綺麗な音を出す方だなとは思っていましたが。今日のものは、何か吹っ切れたような、清々しい音色でしたよ」
そう話すクレアさんの表情はとても優しいもので、胸がじんわりと温かくなる。
ここにも、私を見てくれていた人がいた。
「はい、そうなんです。…もしよろしければ、少し話を聞いて頂けますか?」
折角この世界で生きる決心をしたのだ、この人にも相談してみたいと思った。
「幼少教育に関わる…ですか?」
「はい、ぴったりだと思いませんか?」
応接室へと移動した私達は、少し早めのお茶の時間を取ることにした。
因みにリーナちゃんはエレオノーラさんやレイ君と庭園へ。
ゆっくり話したいだろうから、とマリアが気を利かせて二人にしてくれたのだ。
「お話を聞いていると、元の世界でもそういうお仕事をされていたのですよね?何故あんなに集団の子ども達の扱いが上手いのか、納得がいきましたわ。それなら、こちらでも同じような仕事をするのがベストだと思ったのですけれど」
「でも…こちらの教育の常識を、私は何も知りません。私が良いと思ったことが、この国で良く思われないことも出てくると思います。実際、この家の方は許してくれていますが、貴族の御令嬢は料理なんてしませんよね?リーナちゃんにそれを教えてしまったのは、私です」
エドワードさん達の好意に甘えて好き勝手やっている自覚はある。
許しを得て家の中だけでやることと、公の場に広めることは違う。
「何もお一人でとは言いませんわ。一緒に考えて下さる方も必要でしょう。そちら方面に精通されている方をご紹介願っては?ラピスラズリ侯爵でも、他の聖女様方でも、貴女がそう言えば、陛下や宰相様にお話が行くのではないですか?」
確かに、とクレアさんの言葉に少しだけ不安が減った気がする。
「現在、この国の教育状況は悪くはありませんが、良くもありません。学園に通うのは基本貴族の方となりますが、一応平民にも学習所という、読み書きを学ぶ場はあります。しかし、そこに通えるのは10歳からです。それより前、幼少期の教育はあまり重要視されていないのが現状です」
貴族ならば、リーナちゃんのように3~4歳頃から家庭教師を雇ってマナーや座学を少しずつ教える。
そしていわゆる学校的な機関には、やはり10歳から入学するのだとか。
しかし平民は家庭教師など雇えない。
その家庭に任されているので、どうしても個人差が出てしまうし、貴族に比べて遅れがちだ。
因みに義務教育なんてものは無いので、学習所に通うか通わないかは自由だと。
「…少し前、孤児院に砂場を作りましたでしょう?」
「あ、はい。先日道具を届けた際に一緒に遊びましたが、みんな楽しんでいました」
「あの後、院長先生からアメジスト家に丁寧なお礼の手紙が届いたんです。特に年少の子ども達が飽きずに遊んでいるって。それだけでなく、自分達で考えたり、工夫したり、遊び方も変わってきたらしいですよ。大人しい子がすごく生き生きと遊んでいる姿に、とても嬉しくなったそうです」
「…良かった」
思い付きでルイスさんに作ってもらったが、迷惑ではなかっただろうかと、後になって心配になったのだ。
深く考えずに動いてしまう所は直さないとと思っているものの、なかなか…。
「表立っての訪問ではないのでこちらにはお手紙を遠慮したようですが、青の聖女様にもお礼を、と言付かっております」
「…え?」
にこりと笑うクレアさんは、私の不安を見透かしているかのように続けた。
「始めは砂なんて何処にでもあるのに?と思っていたようですが、子ども達の視点は違ったようですね。大人になると、子どもの頃に思っていたことを忘れてしまいがちです。子どもの視点に立って考えてくれる人というのは、彼らの成長の為にはとても貴重な存在だと思うのです。身近な物で遊ぶ、学ぶ。それを取り入れれば、子ども達はもっともっと成長し、幸せになることが出来るのではないかと、私は思いました」
目が合うと、また優しく微笑んでくれる。
「大丈夫です。貴女は一人ではありませんもの。そう難しく考えずに、この国の子ども達の為に、その笑顔を守る為に、やってみたいとは思いませんか?それとも、やりたくはないですか?」
やりたいか、やりたくないかと問われたら
「…わたし、やってみたいです」
また、あんな笑顔に出会えるのなら。




