夜の一時
ワゴンを押してくれたマーサさんと共に食堂に向かうと、そこにはもうレオンハルトさんがいた。
まだお仕事モードの服装をしているということは、やはり泊まるつもりはないのだろう。
「すみません、お待たせしてしまいましたか?」
「いや、今来たところだ。こちらこそすまなかったな。夜食までご馳走になるつもりは無かったんだが…」
「そんな事を言って。ルリ様のお料理が気に入っているレオン様のことです、多少は期待していらっしゃったのではないですか?」
マーサさんの言葉が図星だったのか、逸らした目の下がちょっと赤い。
くすっ、と笑うとレオンハルトさんと目が合った。
「…貴女の料理は美味しいからな。それに、優しい味がする」
「あ、ありがとうございます…」
顔が赤くなるのを自覚したが、マーサさんの存在を思い出して何事も無かったかのように料理を並べていく。
…マーサさんがうんうん笑顔で頷いて静かに退出した所なんて見てませんよ。
「これはスパークリングワインか?」
「いえ、お酒ではなく、さっぱりした果実水です。柑橘類、お好きでしたよね?」
「知っていたのか?ああ、好みの香りだ。明日は早いから、酒でない方が嬉しい。ありがとう、ルリ」
レモンの輪切りを浮かべたはちみつレモンソーダを物珍しそうに見つめて、レオンハルトさんがグラスに口をつける。
「!仄かな甘さと酸味が絶妙で美味いな」
「本当ですか?私もこれ、好きなんです!あ、でも飲みすぎるとお腹膨れちゃうので、食事の時は要注意ですけど」
ふっ、と笑ってレオンハルトさんはグラスを置いた。
「そうか、では料理の方を頂こう。今回のサンドイッチは何が入ってるんだ?」
「スタンダードな玉子のものと、エビやトマト、きゅうりやアボカドを混ぜたものです。今日の料理に使っている野菜は、ほとんどリーナちゃんが育てた物なんですよ」
「リリアナが?それは楽しみだな」
そう言って一口エビのサンドイッチを齧ると、すぐに美味い、と微笑んでくれた。
「サンドイッチのソース、変わっているが野菜やエビによく合っている。こちらのトマトのスープも、温かくて野菜の旨味が詰まっていて美味いな。リリアナに野菜を育てる才能があったとは、知らなかった」
そのまま上品に、だけど次々と料理を口に運んでいく。
騎士さんって体を動かすし、やっぱりお腹が空くんだろうなぁ。
そこで明日の昼用にと用意しておいた物の存在を思い出し、そっと机にその包みを乗せる。
「これ、よかったらどうぞ。明日のお昼にどうかなと思って作ってみたんです。」
「ケーキ?にしては、ずっしりしているな」
「はい、一応。こっちのはドライフルーツがたっぷりでお酒も入っていますから、甘いのが苦手な人も食べやすい大人の味ですよ。こっちはさつまいもが入っていて優しい甘さですし、お腹も膨れます。お仕事、忙しいんですよね?簡単に食べられる物にしたつもりです。お腹の足しになると良いんですけど」
「いや、正直嬉しい。貴女の作るものは甘さ控えめで食べやすいし、腹持ちも良い。そういうものを選んで作ってくれているんだろうが、とても助かる。普段はなかなかそういう物が食べられないからな」
いえいえ、そんなに喜んで頂けてこちらも嬉しいです。
エドワードさんにも明日渡そうかな。
あの人は家族命だから遅くなることなんて滅多にないけど、意外と重要な役職にいるらしいし、忙しいんじゃないかな。
…侯爵様に意外と、は失礼だった。
この家の人達みんな親しみやすいから、貴族の中でも偉い人達なんだって忘れがちである。
それにしても、元の世界と違って昼食をしっかり取らないこの世界の人達は、夕方とかにお腹が空かないのだろうか?
「普段はお昼にどんなものを食べているんですか?」
「そうだな…私は主にはサンドイッチ系が多いな。ただのパンを齧るだけの物もいるが、王都にいる時くらいは野菜なども出来るだけ取りたいと思っているからな」
あら、レオンハルトさんって健康志向なんですね。
男性って割とそういうのは気にしないと思っていたので、意外だ。
でも、こちらのサンドイッチと言えばフルーツサンドのようなデザート系や、玉子サンドやサラダサンドといった物が一般的なので、男の人には物足りないのではないだろうか。
以前作ったカツサンドのような、所謂おかずパンは存在していないらしい。
トンカツ自体は庶民料理だけど存在してるんだから、ちょっとした発想なのよね。
考えた人、天才だと思う。
「じゃあ、またお口に合いそうなもの、差し入れしますね。リーナちゃんも叔父様の為に張り切って作ってくれそうだし」
「ああ、それは嬉しい。それにしても、リリアナもすっかり料理が好きになったみたいだな」
そう言えば、とアルが言っていたことを思い出し、レオンハルトさんに聞いてみることにした。
「あの、昨日アルに…あ、えーと護衛騎士のアルフレッドさんに、貴族の令嬢は野菜作りや料理なんてしない、と聞いたのですが、やっぱりリーナちゃんも止めた方が良いですかね?」
個人的にはリーナちゃんも楽しんでいるし、やらせてあげたいと思っているのだけれど、こちらの世界の常識にはある程度合わせないといけない。
それに家族の意見も尊重しなくては。
不安そうにしていたのが分かったのか、レオンハルトさんは苦笑いを浮かべた。
「まあ、確かにそういう話は聞かないな。しかし、リリアナは喜んでいるし、兄上や義姉上もそれを許しているのだろう?ならば、良いのではないか?それに、遠征の食事で苦労している身としては、令嬢方も少しは食べ物の有り難みを知って良いのではないかと思うがな」
…あれ?これどっかで聞いた話に似てる。
「…ひょっとして、遠征の時のお食事って…」
「不味い」
キッパリと答えたその表情には、苦渋の色が浮かんでいた。
レオンハルトさん、眉間の皺、凄いですよ?




