召喚の事情
静かに泣く私を、レオンハルトさんは優しく抱き締めてくれていた。
何度も、すまない、と謝りながら。
もう還ることは出来ないだろうと知ったあの日から、この世界で生きていくことを考えていた。
もう、大丈夫だと思っていた。
それでもやっぱり、私の中には、どうして?という気持ちが残っていたのだろう。
それが、涙になって溢れた。
だけど、レオンハルトさんの腕の中は温かくて。
そろそろと髪を撫でる、少し迷うような手付きが優しくて。
辛そうに謝る声に、もういいよ、って言ってあげたくて。
ーーー涙が止まった。
すん、と鼻をすすって顔を上げると、レオンハルトさんと目が合う。
綺麗なアイスブルーの瞳は、冷たさなど感じない程に、労りの気持ちで溢れていた。
「ルリ…」
そっと頬に手が添えられた。
あ、と思った時には、その端正な顔が近付いてきてーーーー
「うーん」
…ぱっ、と離れた。
「………」
「……………すまない」
謝らないで下さい!居たたまれなくなるからぁぁぁ!!
今、キス、しそうだった!?
それで、リーナちゃんが声を出して、我に返って…
いやぁぁぁぁーーー!!!
忘れて!もう忘れて!!
さっきまでのシリアスを返してーーー!!!
心の中で絶叫を繰り返していると、レオンハルトさんが徐に手を差し伸べてきた。
「…少し、外に出ないか?聖女召喚について、伝えておきたい事がある」
「…はい」
冷静さを取り戻して、そっと手を乗せる。
と、安心したように息をつき、きゅっと握られた。
手、繋いで行くんですね。
ゴツゴツしてるけど、温かい…。
夜の庭園はひっそりしていて、誰もいなかった。
でも花はたくさん咲いているし、月の光も穏やかで淋しい感じはしない。
「寒くないか?」
「はい、大丈夫です」
むしろさっきの熱が残っていて風が心地良いくらいです…。
「それで、聖女召喚のことだが…」
それから、レオンハルトさんは私達を召喚することになった経緯を話してくれた。
カイン=アレキサンドライト陛下、御歳20歳。
先の王が流行り病により崩御したために、予定よりも早く即位することとなった。
前王の治世はとても平穏で、瘴気もそれほど濃くなく、魔物もある程度の討伐をすれば問題なく暮らせていた。
しかしそれは、前王が持つ魔力が少なからず関係していた。
彼は、稀にみる聖属性魔法の持ち主だった。
それを知るのは信用のある側近のみで、民は勿論、貴族達の殆どが彼の魔力の恩恵を受けていると知らずに毎日を過ごしていたのだ。
前王は、その力を使って結界を作っていた。
それ程強い結界ではなかったが、瘴気は間違いなく薄まっていた。
だが、その均衡が破られた。
何が原因だったかは、今でも分からない。
瘴気が、日に日に濃くなっていったのだ。
前王は自分の手に負えない、と分かってはいたが、だからといって結界を解くわけにはいかなかった。
ーーー間違いなく、無理をしていた。
そしてそれが、命取りとなった。
流行り病にかかると、弱った身体は回復することなく、呆気なくこの世を去ってしまった。
当時の王太子、カインはゆっくりとその死を悼むことも、悲しむことも許されなかった。
急速に進められた即位。
山のような公務の数々。
ますます酷くなる瘴気と魔物の対応。
民の不安。
家臣達は、聖女召喚の儀式を願い出た。
ーー聖女ーー
古来より、幾度となく行われた儀式により喚び出された聖女は、国を安寧へと導いた。
時にはその知略で。
時にはその癒しの力で。
家臣達がそれに縋るのも、また仕方の無いことだった。
「そして、理由は解明されていないのだが、聖女が降り立つと、瘴気が清められるんだ。事実、ルリ達が召喚された日を境に、瘴気が薄まっている。魔物の発生報告も激減しているんだ」
「そうなんですね…。引き込もっていても、役には立てていたんですね」
「…カイン陛下は、最後まで反対されていたんだ」
「え?」
「自分達の身勝手な事情で、人の人生を狂わせる訳にはいかない、と。異世界から女性を喚び出す、言葉にするには簡単だが、その女性はどうなる?右も左も分からない異世界で、たった一人、聖女として立たされて。上手くいかなければ批判されるのか?そんな馬鹿な話を、正当化するのか?と…。まあ、三人いたのは、想定外だったが」
そこで漸くレオンハルトさんの表情が緩む。
「そうですね、自分の他にも同じ境遇の人がいるというのは、とても心強いです。でも、意外でした。その、まさか陛下が…」
「ああ、見た目だけなら完全に悪役だからな、あの人は」
私は、カイン陛下の姿を思い浮かべた。
燃えるような短めに整えられた紅い髪、意志の強い黒い瞳。
長身で、ガッチリしてて、軍人さんだと言われた方がしっくりくるかもしれない。
正直、威厳というより威圧感があって、冷静というより冷たい雰囲気。
…おまけに、口も悪い。
そんな人が、私達のことをそんな風に考えてくれていたなんて。
「…結局、儀式を行うことにしたのは、私や魔術師団の団長、宰相の強い願いに折れてくれたんだ。責めるなら、私達を責めてくれ。そして、許されるなら、貴女を守る権利を。一人の女性としての貴女に惹かれた、この気持ちが受け入れて貰えなくても、私達には貴女達を守る義務がある」
跪き、私を真っ直ぐ見つめるその瞳には、強い覚悟が見えた。
「…立って下さい。事情は、分かりました」
きっと、紅緒ちゃんや黄華さんは、この話を知っているのだろう。
私達を喚んだのは、生半可な気持ちからではないのだと。
そして罪の意識に苦しんだ人も、少なからずいることを。
「一人ではないのだと、ここにいても良いのだと、漸く思えるようになりました。知らない所で守られていたことも。私に、何が出来るかは分かりません。でも、力になりたい、と思います。まあ、紅緒ちゃんみたいに魔物退治とかは、無理ですけど…」
攻撃魔法なんて、使ったことないし。
「だから、そんなに辛そうな顔をしないで下さい」
「ーーー感謝する、青の聖女殿」
その日初めて、私は聖女としての役割を考えるようになったーーー。




