優しさに包まれて
「えっと、"ひよこ"だから…こ、こ、あっ!これにしよう!」
私が描いたひよこの隣に、リーナちゃんが一生懸命描いていく。
うーん…花なのは分かるんだけど、そこまで詳しくない私にはレベルが高い。
こ、こ、コから始まる花?
コスモスじゃないよなぁ…
小さい花がたくさん…あ、
「ひょっとして、小手毬?」
「あたり!つぎは、"り"だよ!」
入園式でよく生けられてたもんね!
当たって良かった…。
リーナちゃん、本当にお花に詳しくてびっくり。
「失礼します。リリアナお嬢様、ルリ様、お夕食の準備が整いました」
控えめにノックの音を立てて、マーサさんが呼びに来てくれた。
「れおんおじさま、きた!?」
「はい、レイモンド様とお話しておいででしたよ」
リーナちゃん、嬉しそうだなぁ。
私はちょっと緊張する、かも。
ドキドキじゃないからね!?
「るりせんせい、いこ!」
誰に対してだか分からない言い訳を心の中でしていると、無邪気な笑顔でリーナちゃんに手を引かれる。
「う、うん。行こうか」
そう答えると、私の笑顔がひきつっていたのか、リーナちゃんが眉を下げて問いかけてきた。
「るりせんせいは、れおんおじさま、きらい?」
「え…」
「わたしは、ふたりともすきだから、なかよくしてほしいとおもう…。でも、るりせんせいは、ちがうのかなって…」
しまった。
こんな小さい子に心配かけてしまっているなんて…。
申し訳なさでいっぱいだ。
「ううん、違うよ、嫌いじゃない。レオンハルトさんはとっても優しいし、良い人だって分かってるよ。でも、うーん、何て言うのかな…」
上手く言葉に出来なくて頭を抱える。
それを不安げに見つめるリーナちゃんを見ると、ちゃんと話して誤解を解かなくてはと思う。
「先生も、よく分からないんだけど…多分、恥ずかしいんだと思う」
ぽつりと出た言葉は、自分の気持ちに合っていると思った。
「はずかしいの?」
「うん。だからちょっと変なこと言っちゃったり、嫌いなのかな?って思われるようなことをしちゃうかもしれないけど、嫌いにはならないから。安心して?」
「じゃあ、すき?」
「ええっと…そ、そうね、好きか嫌いかと言われたら、好きだと、思う…」
いやぁぁぁぁー!!!恥ずかしい!!!何コレ!?
ちょっとマーサさん、そんな端っこで気配隠して生温かい目で見つめないで下さい!!!
「さ、さあ!皆さんを待たせたらいけないし、行きましょう!!」
無理矢理話を終わらせたのは、仕方ない事だと思うんです。
皆揃っての夕食会は和やかに行われ、レオンハルトさんともわりと自然に話せていたと思う。
はじめは少し心配そうに見ていたリーナちゃんも、私達が会話しているのを見て安心した様子だった。
誤魔化さずにきちんと話しておいて良かった。
ほっとしていると、エドワードさんが話を振ってきた。
「そう言えばルリも今日は王宮に来ていたんだろう?聖女様方とは仲良くやっているのか?」
「はい。やっぱり同郷なので、これからも親しくさせてもらいたいと思います」
ちょっぴり個性的な方々ですけど、とは言わない。
「私も黄の聖女様と一緒の所を見たが、まるで姉妹のようだったな。上手くやれているようで、良かった」
あああーまた出ました魅惑の微笑み。
この人、ステータス見たらそんな名前のスキル出てくるんじゃないだろうか。
そんなアホな事を考えていると、エドワードさんも安心したように笑う。
「そうか!まあ、ルリの考えもあるだろうが、この世界で交友関係を広げるのも良いと思うぞ」
「そうね、アメジスト先生や弟さんとも親しくしているようだし、貴女の大切な人が増えるのは、私達にとっても嬉しいことだわ」
エレオノーラさんも優しく微笑んでくれる。
「ーーーはい、ありがとうございます。私も、少しずつこの世界での居場所を作っていきたいと思っています」
以前よりも、元の世界を想って涙を流すことは少なくなった。
忘れることはないんだろうけど、少しずつ、この世界を受け入れているのだろう。
そこできゅっ、と服の裾を掴まれた。
リーナちゃんだ。
「大丈夫、ありがとう」
「…うん」
「ルリ様。僕たちは、ルリ様にいつも嬉しい気持ちを戴いています。だから、困った時は力になりますからね。いつでも頼って下さい」
レイ君も、嬉しい言葉をくれた。
…本当に、優しい人達ばかりだ。
転移してきたのが、この家で良かった。
心から、そう思う。
すっかりリーナちゃんは眠ってしまったが、私はまだ子守唄を歌い続けていた。
郷愁、なのだろうか。
それとも、別離?
いつもの子守唄だけで終える気持ちにはなれなくて、2曲目に入る。
古き良き日本の唄。
若い子は古くさい、なんて言うのかもしれないが、私はわらべ歌が好きだった。
独特の曲調が、心に響く。
「また、新しい歌だな」
「レオンハルトさん…」
どうやらぼんやりしながら歌っていて、気配に気付かなかったらしい。
「リリアナは…ああ、良く眠っている」
レオンハルトさんは、さらりとリーナちゃんの頬にかかった髪を横に流してやり、優しい表情でおやすみ、と呟いた。
薄暗い部屋で月の光だけが差し込む中、レオンハルトさんがちらりと私を見た。
「この子が夢見の悪かったことを、知っているか?」
「あ、はい。寝入りや寝起きも良くなくて、泣くことが多かったとか…」
「ひどく人見知りだったことも、知っているな?」
こくんと頷く。
「リリアナは、光属性魔法に特化しているらしくてな。小さな体では大きな魔力をコントロールすることが難しく、悪意あるものに敏感だったり、それを引きずったりしていたようだ」
レオンハルトさんの話では、最近受けた王宮の鑑定士による魔法鑑定で、リリアナちゃんの特性に気付いたらしい。
恐らく私という存在がその歪さを緩め、癒しの唄で魔力の流れを上手く導いたのではないか、とエドワードさんも考えたのだとか。
「人の後ろに黒い靄が見える、と話してくれたことがあったのだが、きっとそれが人の悪意だったのだろう」
私達は人間だ。
善良な部分だけで出来ている人なんていない。
多かれ少なかれ、悪意は存在する。
「この子を救ってくれたこと、皆感謝している。…ただそれだけでも、貴女は私達にとって大切な存在であり、貴女にとっては不本意な召喚も、私達にとっては奇跡だった」
私自身も救われたことだしな。
その言葉に、私の頬を涙が一粒、二粒と伝っていった。




