第二騎士団訓練
王宮の廊下で絶叫して注目を浴びる、という聖女にあるまじき行為をしてしまった私は、黄華さんに宥められながら訓練場へとやって来た。
先程別れたばかりの陛下と紅緒ちゃんも、第二騎士団の所で訓練しているらしい。
話は聞いていたけれど、実際に二人の訓練を見るのは初めてなので、ちょっぴり興味がある。
と言うのも、私は紅緒ちゃんが魔物討伐に参加する、と聞いた当初は反対だった。
突然異世界に連れて来られた挙げ句に、命の危険にまでさらされるのか、と。
でも二人の話をよく聞くと、それは紅緒ちゃん自身が決めた事なのだとか。
この世界で生きていくために自分で選んだ事ならば、仕方ない。
納得はしてないけどね。
なので、訓練中の紅緒ちゃんの様子が知りたかったのだ。
でも邪魔はしたくないので、遠くからそっと覗こうと思って観覧席の端に座ろうとすると、後ろから声を掛けられた。
「ルリさんじゃないですか、どうしたんですか?」
「あ、ルイスさん」
振り返ると、人懐っこい笑顔で手を振るルイスさんがいた。
「もしかして、団長に会いに来たんですか?」
「ち、違います!紅緒ちゃんの様子を見に来たんです!!」
この頃ルイスさんまでからかってくる。
聖女様だし敬語で!とか言い始めたのに、からかうのはアリなんだ?
「まだ可能性はある、かも?」
「え?」
「いえ、何でもないです!赤の聖女様ですね。なるほど」
ルイスさんが何を言ったのかよく分からなかったけど、それよりも呼び名の方が気になる。
「何ですか?その"赤の聖女様"って」
「ああ、瑠璃さんは知らないんですねぇ。ほら、三人もいるもんだから、"聖女様"って呼んでも誰の事か分からないでしょう?だから区別するために、誰が呼び始めたのか私達を捩った色を付けたみたいですよー」
なるほどね、言われてみれば確かに。
「じゃあ黄華さんが黄色で私が…青かな?」
「正解!ルリさんは"青の聖女様"って呼ばれてますよ」
なんか戦隊モノっぽいけど、恥ずかしい名前付けられるよりマシだな…とホッとした。
「あ、今恥ずかしい名前じゃなくて良かった~って思いましたね?」
黄華さん、何で分かるんですか。
「私も思いましたからね」
ですよね。
そこで気になっていた事を聞くため、ルイスさんに聞こえないよう、小声で黄華さんに尋ねる。
「因みに、ステータスに載っている"祝福の聖女"とか"粛清の聖女"なんていう名称は…」
「私達三人以外には知らせていません」
うん、恥ずかしいもんね!
「じゃあ俺、そろそろ行きます。陛下たちの後にやる予定なんで、良かったら俺の勇姿も見て行って下さいねー!」
そう言うとルイスさんは仲間の騎士さん達と一緒に去っていった。
肩や頭をポンポンされてる。
仲良しだなぁ。
「…ははぁ。なるほど、噂は本当だったんですね」
「?何か言いました?」
「いえ別に。あ、ほら始まるみたいですよ」
黄華さんが指す方を見ると、陛下と紅緒ちゃんが並んでいる向かいに、レオンハルトさんの姿が見えた。
二言三言話すと距離をとり、離れた所にいた三人の騎士さん達に並ぶと、開始の合図が鳴らされた。
と、同時に陛下とレオンハルトさんの姿が消えた。
え!?と驚いていると、ちょうど中央で剣を交えており、剣同士のぶつかる音が響く。
目にも止まらぬ速さ、という感じで、その音の響きだけでも激しさが伝わる。
怪我はしないだろうかとハラハラしていると、後方から紅緒ちゃんの魔法が発動される。
炎の魔法だ。
現れたそれは、まるでドラゴンのようにレオンハルトさん以外の騎士さん達に向かって行く。
それに直ぐに反応した一人の騎士さんが水の膜を全員の体の周りに張り、また別の騎士さんが自身の剣に冷気らしきものを纏わせている。
「はやい…」
かと思えば、素早く炎のドラゴンを薙いでいく。
「くっ…!」
悔しそうに顔を歪めた紅緒ちゃんが次の詠唱に移ろうとすると、組み合っていた陛下が打ち合いを止めて、紅緒ちゃんの側へと跳んで来た。
「なんだ、お得意の火属性魔法の威力はそんなものか?」
「うるっさいわね!アンタこそ団長相手に競り負けてんじゃないわよ!!」
「はっ!減らず口め。俺の剣に魔力を纏わせろ。直ぐに終わらせてやる」
眉間の皺を深めた紅緒ちゃんだったが、黙って魔力を陛下の長剣に乗せていく。
先程は気付かなかったが、紅い瞳は金色に輝いていた。
「紅蓮剣」
そう陛下が呟いたかと思ったら、一瞬でレオンハルトさんを抜いて騎士さん達に斬りかかった。
「!消えた!?」
冷気を剣に纏わせた騎士さんが何とか一撃目を防いだが、衝撃の強さに弾かれた。
陛下は勢いそのままに剣を振り、後ろから狙っていた騎士さんを二人、纏った炎で薙ぎ払おうとする。
「ほう、よく避けたな。だが、甘いな」
その時、剣から放出された炎がまるで蛇のように螺旋を描いて騎士さん達に襲いかかった。
「氷壁」
と、レオンハルトさんの静かな声を合図に、騎士さんと炎との間に分厚い氷の壁が現れた。
炎の熱で氷の殆どが溶けたものの、炎は勢いを弱め、剣に戻っていくかのように消えていく。
「終わりです」
ハッとして紅緒ちゃんを見ると、レオンハルトさんに後ろを取られて固まっていた。
「ちっ、やられたな。」
「カイン様は前ばかり見すぎなんですよ。赤の聖女様を守ることも考えて下さい」
悔しそうな陛下とやれやれと溜め息をつくレオンハルトさん。
紅緒ちゃんはまだ固まっている。
「おい、そいつから手を離せ。ろくに経験のない女にお前の顔は毒だ」
「…失礼しました」
僅かに顔を顰めた陛下の言葉に、レオンハルトさんがそっと手を離し離れる。
「な、なっ…失礼ね!私だって恋人の一人や二人…」
「いるのか?」
「いっ、いないけどっ!」
いないのね。
真っ赤な顔の紅緒ちゃんを見てると、親近感湧くわぁ。
まあ、女子高生とアラサーとでは天と地ほどの差があるけどね。
…別にいいんだもん。




