昔語り
この国の創世記。
その時代、シリルさんは初代のエメラルドさんとして生きていた。
当時の勇者、陛下のご先祖様たちと一緒に、魔王を倒すための旅をしていた。
そしてついに魔王を破り、女神様の力を借りて、勇者はこの国を興した。
それが、陛下のご先祖様。
しばらくは、平和が続いた。
魔王が倒れ、瘴気は薄まり、魔物の被害も最小限。
女神様の恩恵もあり、人々は穏やかな暮らしを送っていた。
そんな時、突然、初代国王が病に倒れた。
多くの人々がその回復を願い、当時の医師たちも力を尽くしたが、ついぞ体調が良くなることはなかった。
そして、今際の時。
『女神よ……“必ず良い国を作り、君に人々の美しい心を見せ、それを糧として捧げる"という約束、俺は守れただろうか?』
『ああ!もう十分じゃ、だから……もう、しゃべるな……』
涙を流し、女神様は国王陛下の手を握った。
『……だから、今度はわらわが約束する。“この国を、最期の時まで陰ながら見守る”。そなたの愛した国を、わらわも大切に思うておるのじゃ』
女神様の言葉に、国王陛下は穏やかに微笑んだ。
そんなふたりの肩を、宰相を務めていた当時のシリルさんが抱いた。
『私も、約束します!いついつまでも、この魂を賭けて、あなたの血筋を守っていく。何度も生まれ変わって、あなたの末裔を、あなたの国を、守る。わた、わたくしは、ずっとあなたをお慕いしていたのです!』
真珠のような涙が、零れた。
他の女性と結ばれ、その妃に先立たれた後も誰も娶らず、ただ王妃だけを妻とした国王を、ずっと想い、誰とも契ることなく、女であることを捨てた。
“仲間”としてなら、ずっと側にいられたから――――。
『エメラルド……ありがとう……』
その、最期の言葉だけは自分のものだった。
愛し愛された関係ではなかったが、それでも彼が大切だった。
彼の想いを、意志を、私はずっと守り続けたい。
そう思って、女神様に願った。
――――転生させてくれ、いつまでも共に国を見守らせてほしいと。
「――――そうして私は、私のためにある男性との間に子を成したのです。自身が生まれ変わる際の、体が必要だったから」
シリルさんの話を聞いて、私たちは何も言葉が出てこなかった。
初代さんが女性だったことにも驚いたけれど……。
遠い、遠い約束。
それを守るために、何度も生まれ変わって、性別を変えても生き続けてきたことに、掛ける言葉を見つけられずにいた。
「ふふ、青の聖女様が作ろうとしている幼児教育施設、それがあれば、初代の私も、もう少し楽だったかもしれませんね。さすがに一人で子を育てながら仕事も続けるのは、相当大変でしたから」
その頃を思い出しているのだろうか、シリルさんは赤ん坊を抱くような仕草を見せた。
一人で……って。それって。
「……シングルマザーだった、ってこと?」
「しん……?ああ、婚姻を結ばずに、私一人で子を生み、育てたのです。……種だけもらって」
紅緒ちゃんの問いかけに、シリルさんはにこやかに返す。
「その相手が、ラピスなのじゃ」
「はっ!?」
女神様の爆弾発言に、レオンがぎょっとする。
「奴もカタブツだからのぅ……行為は無しに、種だけ与えられないかとわらわに言うて来たのじゃ。全く、女神使いの荒い奴じゃ」
むうっと女神様が頬をふくらませるが、レオンは未だに衝撃から覚めることができていない。
「まあ、私にもほんの僅かだが、ラピスラズリ団長と同じ血が流れているということだよ」
追い打ちをかけるように、くすくすとシリルさんが笑う。
……いや、なかなかの衝撃的事実なんですけど。
「……色々言う奴はいたけどね。そんな人間に文句を言わせないくらいに、私の子は努力家で、優秀だったよ。私には勿体ないくらいの子だった」
あ、この目。
「きっと、すごく可愛がっていたんでしょうね。そしてお子さんも、お母さんの頑張っている姿を見て、立派に成長されたんでしょうね」
「……ろくな母親ではなかったと思うよ?」
「もしそうだったら、お子さんがそんなに素晴らしい人に育つわけがありません。“子は親の鏡”ですもの」
「……ありがとう、ルリ様」
あ、名前、呼んでくれた。
慈愛のこもった瞳でお礼を言われ、胸が温かくなる。
そりゃ、最初は自分の願いのためだったかもしれない。
でもきっと、彼女はちゃんと、“母親”だった。
「とまあ、そういうわけでね。私は、アレキサンドライトの名を継ぐ者を守る義務があるのだよ。……前王のことは残念だった。初代のことを、思い出したよ」
哀しそうな色の瞳で、シリルさんが言う。
「カイン陛下。だから私は、あなたを全力で守りたいと思った。本当は優しいのに、素直じゃないからねぇ。我慢も多かっただろう。妃くらいは、望みの女性をと思いつつも、つい老婆心でね。あれこれ言われずに、誰からも祝福してもらいたいと思ったんだ」
そこで視線を紅緒ちゃんに移した。
「もちろん、赤の聖女様に不満はないよ。ただ、青や黄の聖女様の人気も高くてね。そちらを妃に望む声が多いから、文句の付けようのないくらい、赤の聖女様が相応しいんだと、知らしめてほしかったんだ。諦めるなら、仕方ない。そこまでだったというだけだ。でも、あなたは諦めなかった。周囲の仲間と支え合い、ここまでちゃんとたどり着いた」
一度目を瞑ると、シリルさんは最後に、陛下を真っ直ぐに見据えた。
「あなたたちは、ちゃんと互いを想い合っている。あれだけハッキリと、陛下が一番大事だと言ってくれる人を選んだあなたを、私は誇らしく思うよ。君たちならば、きっとこの国をより良く導いてくれる」
そこで女神様が、ふいっとシリルさんの元へと舞い降りた。
「……気は、済んだかの」
「ありがとう、女神。ずっと私の我儘を聞いてくれていて。私も、記憶を持って転生するのは、そろそろこれで最後にしようか。いつまでも老兵がしゃしゃり出ていては、国のためにならないだろうしね」
その言葉には、もしもまた生まれ変われたとして、記憶などなくても、自分はこの国を守るために力を尽くせるとの、自信が窺えた。
「……そなたも、幸せになって良いのじゃぞ?」
「ああ、幸せだよ。とてもね」
こんな光景が見られたのだからと、シリルさんは微笑んだ。




