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【書籍化&コミカライズ】規格外スキルの持ち主ですが、聖女になんてなりませんっ!~チート聖女はちびっこと平穏に暮らしたいので実力をひた隠す~  作者: 沙夜
第五章

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昔語り

この国の創世記。


その時代、シリルさんは初代のエメラルドさんとして生きていた。


当時の勇者、陛下のご先祖様たちと一緒に、魔王を倒すための旅をしていた。


そしてついに魔王を破り、女神様の力を借りて、勇者はこの国を興した。


それが、陛下のご先祖様。


しばらくは、平和が続いた。


魔王が倒れ、瘴気は薄まり、魔物の被害も最小限。


女神様の恩恵もあり、人々は穏やかな暮らしを送っていた。


そんな時、突然、初代国王が病に倒れた。


多くの人々がその回復を願い、当時の医師たちも力を尽くしたが、ついぞ体調が良くなることはなかった。


そして、今際の時。


『女神よ……“必ず良い国を作り、君に人々の美しい心を見せ、それを糧として捧げる"という約束、俺は守れただろうか?』


『ああ!もう十分じゃ、だから……もう、しゃべるな……』


涙を流し、女神様は国王陛下の手を握った。


『……だから、今度はわらわが約束する。“この国を、最期の時まで陰ながら見守る”。そなたの愛した国を、わらわも大切に思うておるのじゃ』


女神様の言葉に、国王陛下は穏やかに微笑んだ。


そんなふたりの肩を、宰相を務めていた当時のシリルさんが抱いた。


『私も、約束します!いついつまでも、この魂を賭けて、あなたの血筋を守っていく。何度も生まれ変わって、あなたの末裔を、あなたの国を、守る。わた、わたくしは、ずっとあなたをお慕いしていたのです!』


真珠のような涙が、零れた。


他の女性と結ばれ、その妃に先立たれた後も誰も娶らず、ただ王妃だけを妻とした国王を、ずっと想い、誰とも契ることなく、女であることを捨てた。


“仲間”としてなら、ずっと側にいられたから――――。


『エメラルド……ありがとう……』


その、最期の言葉だけは自分のものだった。


愛し愛された関係ではなかったが、それでも彼が大切だった。


彼の想いを、意志を、私はずっと守り続けたい。


そう思って、女神様に願った。


――――転生させてくれ、いつまでも共に国を見守らせてほしいと。







「――――そうして私は、私のためにある男性との間に子を成したのです。自身が生まれ変わる際の、体が必要だったから」


シリルさんの話を聞いて、私たちは何も言葉が出てこなかった。


初代さんが女性だったことにも驚いたけれど……。


遠い、遠い約束。


それを守るために、何度も生まれ変わって、性別を変えても生き続けてきたことに、掛ける言葉を見つけられずにいた。


「ふふ、青の聖女様が作ろうとしている幼児教育施設、それがあれば、初代の私も、もう少し楽だったかもしれませんね。さすがに一人で子を育てながら仕事も続けるのは、相当大変でしたから」


その頃を思い出しているのだろうか、シリルさんは赤ん坊を抱くような仕草を見せた。


一人で……って。それって。


「……シングルマザーだった、ってこと?」


「しん……?ああ、婚姻を結ばずに、私一人で子を生み、育てたのです。……種だけもらって」


紅緒ちゃんの問いかけに、シリルさんはにこやかに返す。


「その相手が、ラピスなのじゃ」


「はっ!?」


女神様の爆弾発言に、レオンがぎょっとする。


「奴もカタブツだからのぅ……行為は無しに、種だけ与えられないかとわらわに言うて来たのじゃ。全く、女神使いの荒い奴じゃ」


むうっと女神様が頬をふくらませるが、レオンは未だに衝撃から覚めることができていない。


「まあ、私にもほんの僅かだが、ラピスラズリ団長と同じ血が流れているということだよ」


追い打ちをかけるように、くすくすとシリルさんが笑う。 


……いや、なかなかの衝撃的事実なんですけど。


「……色々言う奴はいたけどね。そんな人間に文句を言わせないくらいに、私の子は努力家で、優秀だったよ。私には勿体ないくらいの子だった」


あ、この目。


「きっと、すごく可愛がっていたんでしょうね。そしてお子さんも、お母さんの頑張っている姿を見て、立派に成長されたんでしょうね」


「……ろくな母親ではなかったと思うよ?」


「もしそうだったら、お子さんがそんなに素晴らしい人に育つわけがありません。“子は親の鏡”ですもの」


「……ありがとう、ルリ様」


あ、名前、呼んでくれた。


慈愛のこもった瞳でお礼を言われ、胸が温かくなる。


そりゃ、最初は自分の願いのためだったかもしれない。


でもきっと、彼女はちゃんと、“母親”だった。


「とまあ、そういうわけでね。私は、アレキサンドライトの名を継ぐ者を守る義務があるのだよ。……前王のことは残念だった。初代のことを、思い出したよ」


哀しそうな色の瞳で、シリルさんが言う。


「カイン陛下。だから私は、あなたを全力で守りたいと思った。本当は優しいのに、素直じゃないからねぇ。我慢も多かっただろう。妃くらいは、望みの女性をと思いつつも、つい老婆心でね。あれこれ言われずに、誰からも祝福してもらいたいと思ったんだ」


そこで視線を紅緒ちゃんに移した。


「もちろん、赤の聖女様に不満はないよ。ただ、青や黄の聖女様の人気も高くてね。そちらを妃に望む声が多いから、文句の付けようのないくらい、赤の聖女様が相応しいんだと、知らしめてほしかったんだ。諦めるなら、仕方ない。そこまでだったというだけだ。でも、あなたは諦めなかった。周囲の仲間と支え合い、ここまでちゃんとたどり着いた」


一度目を瞑ると、シリルさんは最後に、陛下を真っ直ぐに見据えた。


「あなたたちは、ちゃんと互いを想い合っている。あれだけハッキリと、陛下が一番大事だと言ってくれる人を選んだあなたを、私は誇らしく思うよ。君たちならば、きっとこの国をより良く導いてくれる」


そこで女神様が、ふいっとシリルさんの元へと舞い降りた。


「……気は、済んだかの」


「ありがとう、女神。ずっと私の我儘を聞いてくれていて。私も、記憶を持って転生するのは、そろそろこれで最後にしようか。いつまでも老兵がしゃしゃり出ていては、国のためにならないだろうしね」


その言葉には、もしもまた生まれ変われたとして、記憶などなくても、自分はこの国を守るために力を尽くせるとの、自信が窺えた。


「……そなたも、幸せになって良いのじゃぞ?」


「ああ、幸せだよ。とてもね」


こんな光景が見られたのだからと、シリルさんは微笑んだ。

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