癒やしと祝福と粛清と
「「「「うわああああ!!」」」」
すると、まるでドミノ倒しのように騎士のみんなが倒れ込んできた。
「いてて……陛下、気付いていたんですか」
「当たり前だ。押し合いへし合い、喧しい」
どうやら、外から一連のやり取りを聞いていたらしい。
あははと笑いながら騎士さんたちが立ち上がる。
そして、その中にいたルイスさんが前に出た。
「陛下ならびに宰相殿、大臣の皆様、発言をお許し下さい」
「許す。思うことを言うと良い」
「ありがとうございます。……確かに、ルリ様の癒やしの力、オウカ様の人を助ける力は、どちらも王妃に相応しい力だと思います」
それには誰もが否定せず、大臣の方々もただ黙って聞いていた。
「ですが、ベニオさまの強さもまた、私たちを助けてくれました。支えるという意味では、他のお二人の聖女様の方が、魅力に映るかもしれない。ですが、そのお二人、そして何よりも陛下が、ベニオ様を妃にと望んでいるのです」
そうだ、と陛下が笑った。
「それに、こちらのお二人の聖女様は、無理矢理王妃になどさせられそうになったら、それこそ、この国は見捨てられかねませんよ?ベニオ様が王妃に就けば、いつまでも側で支えてくれるでしょう」
そこでルイスさんは、パチリと私たちに向かってウィンクする。
「そ、それは色々と困りますな」
「そうじゃのぅ。聖女様方には利用するようで悪いが、ものすごーく、困る」
想像したのか、大臣の方々の顔色も悪くなる。
「……私たちの国では、まあ事情のある方もいますが、基本的には好き合った相手と結婚するのが一般的なんです」
「そうですわね。こちらの世界の考えを押し付けようとは思いませんが、紅緒ちゃんに資質があり、陛下とも想い合っており、ついでに私たちもそれを望んでいる。……何か、問題ありますかしら?」
そこで、ずっと黙っていた私と黄華さんも声を上げた。
「これだけの人が認めている紅緒ちゃんを、どうか、皆さんも認めては下さいませんか?癒やしの力も、祝福の力も、粛清の力も、私たち三人で、足りないところは補って、この国で生きていきたいと思っているんです」
三人並んで、大臣の方々へと向き合う。
私たちのうしろには、護衛騎士の三人と一緒に、レオンやウィルさん、イーサンさんが。
そして、扉の前には騎士さんたちが並ぶ。
「だそうじゃが、宰相殿?」
一番年配の大臣さんが、シリルさんの方を見る。
するとシリルさんは、はあとため息をひとつ零す。
「……よくぞ、皆を納得させるだけの材料を揃えましたね。力と責任感を示し、人を動かし諦めない心を見せ、陛下を一番に考え支えるのだと言葉にした」
そこで言葉を切り、シリルさんはにこりと微笑む。
「今だから言えますが、実は今回以外にも色々と手を回したことがありましてね。ですが、ベニオ様は最後まで諦めずに、陛下を想ってここまでこられた。もう私から反対する要素など、何もありません。……どうか、陛下と、この国のために、お力をお貸し下さい」
そう言って、深々と紅緒ちゃんに向かってお礼をした。
その言葉を聞いて、色々と私の中でストンときた。
「ひょっとして、シリルさんは、ずっと陛下のために動いていた?」
「……ええ。もうずっと、長い年月、約束を守るために」
約束?約束って……。
『それについては、わらわも一緒に説明させてくれんかの』
「え!?この声って……」
突然聞こえた声にばっと天井を見上げると、金色の粒子に包まれて、女神様が姿を現した。
突然の女神様の登場に、陛下や大臣の方々、騎士さんたちが驚きのあまりに、ぽかんと口を開ける。
「話がしたいと言うたじゃろう。ふむ、揃っておるな。さて、大臣方や騎士たちは、ここからは遠慮してもらえるかの。聖女のうしろの六人は残っても良いぞ」
女神様が話とは、何事だろうかと戸惑いつつも、大臣の方々や騎士さんたちが退出してくれた。
そして部屋に残ったのは、私たち三人と陛下、レオン、ウィルさん、イーサンさん、護衛騎士の三人と、そしてシリルさんだけとなった。
しばらくの沈黙の後、女神様がシリルさんに向き直り、口を開いた。
「久しいの、エメラルドの」
「……君は、ちっとも変わらないんだね」
そして、シリルさんがそれに穏やかに応える。
あれ、シリルさんと女神様って、初対面じゃないの?
「いや、この姿のこやつに会うのは、初めてじゃぞ?」
え、それって……。
「……私は、創世の物語に出てくるエメラルドの末裔であり、エメラルド本人でもあるのですよ、青の聖女様」
「それは……」
「転生、というやつか?」
「ご明察。さすが陛下ですね」
戸惑う私とは異なる、冷静な声で陛下が聞くと、シリルさんはそれを肯定した。
転生って、じゃあ、シリルさんは……。
「もう、何度目でしょうね。エメラルド家の者として生まれ変わったのは。何度も何度も、この国を守るために私は生き、そして死んでいった。でも、私は後悔していない。……約束だから」
そう言うと、シリルさんは窓の外へと目をやる。
遠い、過去を思い出すように。
「……そなたには、ほんに辛い役目を負わせてしまったと、後悔しておる」
「いいや。これは、私が望んだのだよ。君と共に、この国を守るために」
苦しそうな表情の女神様に、シリルさんは優しい微笑みを向ける。
君のせいじゃないと、言っているかのように。
「初代国王の、アレキサンドライトとの約束だからね」
そして、まるで子どもに昔話を聞かせるかのような、穏やかな声で、シリルさんは語り出した。




