力と心
「あ、見えて来ましたよ!おーい!レオン!紅緒ちゃん、みんな!」
あれから数日経ち、今日の昼頃に帰還できそうだと連絡をもらい、こうして王宮で帰りを待たせてもらっていた。
遠目だけど、ケガ人がいたりとか、問題はなさそう。
「あ、紅緒ちゃんが手を振ってますよ、陛下!」
「……分かっている。俺も見えているから、そんなに服を引っ張るな」
そんなことを言ってクールぶってるけれど、陛下がほっとしているのが、ちゃんと表情に出ている。
そんな優しい目で見て、本当は誰よりも喜んでいるくせに、素直じゃないんだから。
「……ルリ様、全部口に出ていますよ」
「お前、本当に不敬罪で処されたいみたいだな?」
あきれ顔のアルと陛下に、じとりと見つめられる。
あ、あれ?そんなつもりはなかったんだけど……。
「まあまあ、せっかく無事に戻って来てくれたんですもの。ケンカは止めましょう?」
黄華さんがそう言って間に入ってくれたおかげで、陛下もそれ以上は何も言わなかった。
うーん、思ったことがすぐに口に出てしまうクセ、何とかならないものか……。
まあ、でもとりあえず。
「おかえりなさい、みんな!お疲れ様ー!」
今は、みんなの無事の帰還を喜びたい。
「皆、よくやってくれた」
「お疲れ様でした、赤の聖女様」
王宮に到着した遠征団を、偉い大臣さんたちと一緒に、謁見の間に迎え入れる。
労う陛下の後に続いて、シリルさんも言葉を口にした。
その微笑みは穏やかで、紅緒ちゃんが試練の条件を満たさなかったことを、怒ったり憤ったりしている様には見えない。
その後、騎士さんや魔術師さんたちは解散し、紅緒ちゃんとレオン、そしてウィルさんとイーサンさんが残った。
大臣さんたちは退出する様子もなく、そのまま残っている。
これって……。
「赤の聖女様」
ぴりりと緊張の孕んだ空気の中、ひとりの立派ないで立ちの大臣さんが、一歩前に出た。
その視線を、紅緒ちゃんはしっかりと受け止める。
「この度の遠征、誠に大変なものでした。それでも、騎士団はじめ魔術師団、そして他の聖女様と一致団結し、危機を防いでくださったこと、心よりお礼申し上げます」
そう言って礼をとる大臣さんに倣い、他の方々も同じように頭を下げた。
「ですが、宰相殿に出された試練の条件。それを、あなたは迷いなく破ったと聞きました。……その、理由をお聞かせ願えますか?」
大臣さんたちの視線は、一同に紅緒ちゃんへと集まる。
「……理由なんてひとつよ。“誰も死なせたくなかったから”。ただ、それだけ」
きっぱりと紅緒ちゃんがそう言い切る。
「そりゃ、元々厳しい条件だったのは了承していたし、何とかなると楽観視していたわけじゃない。被害がひとつもないなんて、ありはしないしね」
あの戦場を思い出しているのだろうか、少し俯いて苦い顔をしたが、すぐに顔を上げた。
「でもね、思っちゃったのよ。瑠璃さんや、黄華さんが用意してくれたお守り。騎士たち全員分、家族や身近な人に手伝ってもらったって。みんな、無事に帰って来れるように贈ってもらったって、嬉しそうに語ってくれたの。それを聞いて、あたしひとりの我儘に、命を犠牲にしちゃいけないって、心の底から思った」
その凛とした表情からは、後悔なんて微塵も感じない。
「あたしは、これで正しかったと思ってる。みんながこうして笑顔で帰れた。それに、他の誰でもない、カインが、よくやったって言ってくれた」
陛下が、そんなことを――――?
ちらりと陛下の座る玉座に目を向けると、満足したような笑みで紅緒ちゃんを見ていた。
「あたしは、これで良い。あたしがなりたいのは、騎士たちを、この国の民たちを犠牲にして生きる王妃じゃない。あたしがなりたいのは……」
紅緒ちゃんはそこで言葉を止めると、陛下と目を合わせて頷き合った。
「一番大事なのが、カイン。その次が国の民。あたし自身は、三の次以下よ。そんな王妃。文句ある?」
そう胸を張る姿は、まるで―――。
「くっ」
「「「「「わははははは!!!」」」」」
「は?」
「へ?」
「まぁ」
大爆笑の渦の中、紅緒ちゃん、私、黄華さんがぽかんとする。
「くっくっくっ。どうだ?俺の言った通りだろう?」
「いや、はい。まさかこれほど陛下のおっしゃる通りとは」
「確かに、これくらいの器量がないと、陛下の妃は務まりませんのぅ」
訳知り顔で会話をする陛下と大臣さんたちに、紅緒ちゃんの頬がひくりと引きつる。
「カイン……」
「お前にだけ荷を負わせるわけにはいかないからな。こっちはこっちで、やれることをやったまでだ」
えーっと、つまり……。
「大臣どもと賭けをしたんだ。お前がどこまで責任を持って、軍を率いて帰ってくるか」
してやったり顔で、陛下がしてくれた話は、こうだ。
ヒュドラ討伐の報告の後、陛下はシリルさんはじめ、偉い大臣の方々を集めた。
そして、こう言ったらしい。
『守れる命を、騎士たちを犠牲にしてヒュドラを倒したとして、お前たちはベニオを認めるのか?』と。
それに是と答える人は、いなかった。
ならばと陛下は、ひとつの提案をした。
『賭けをしないか?』と。
「お前が途中で職務放棄をしたり、言い訳をしたりした場合は、俺の負け。自分を守るために、言い訳をしたり、他の者のせいにしたりするような女を、王妃にするわけにはいかないからな」
紅緒ちゃんは、最後までみんなと一緒に遠征を行って帰って来たし、言い訳もなにもしていない。
自分が正しいと思うことをしたと、行いを認めた。
「そうやって、ベニオ様が王妃に相応しい資質をお持ちかどうか、皆に判断してもらったということですね」
シリルさんの言葉に、陛下はそうだと頷く。
「お前の提案した試練が、間違っていたとは言わない。ただ、それだけではないとも思ったんだ」
シリルさんのやり方は、紅緒ちゃんの力を見てもらう方法。
陛下のやり方は、紅緒ちゃんの心を見てもらう方法。
「足りないところは周りが補えば良い。だが、その心までは本人次第だ。心さえ国を思っていれば、自ずと人が集まる。……そこの聖女たちや、騎士たちのようにな」
騎士たち?そう思った時、謁見室の扉が、衛兵さんによってガチャリと開かれた。
いつもありがとうございます!
ひとつお知らせです。
この度、瑠璃たちのお話がコミカライズされることになりました!!!
活動報告の方で詳細書かせて頂いておりますので、よろしければご覧になって下さい(*^^*)




