決着
八つの首を不能にされて、中央の首は怒りを露わにした。
その巨体に相応しくない、俊敏な動きで、レオンハルト、ウィル、イーサンの前衛三人を狙う。
しかし、お守りや黄華の支援魔法によってステータスを爆上げされた三人に、その攻撃は思うように届かなかった。
そしてそんなヒュドラに向かって、紅緒は攻撃魔法を撃ち、黄華も今度は紅緒の魔法攻撃力を上げようとしていた。
このままでは不利だと踏んだのだろう、ヒュドラは標的を変えた。
「!オウカ様、ベニオ様、危ない!」
「リオ、アルバート!」
すぐに気付いたウィルとレオンハルトが、四人に声をかける。
……が、ヒュドラの意思を理解するかのように、周りにいた魔物たちも四人の元へと、一斉に襲いかかる。
「っち!間に合わねえ!」
イーサンたちも大量の魔物の妨害に合い、助けに入れない。
それを見たヒュドラは、大きく息を吸い込むと、その大きな口を開いてブレス攻撃の姿勢を取る。
「冗談だろ!?」
「くっ……!」
「紅緒ちゃん!」
「ごめ、魔法、間に合わない!」
リオ、アルバート、黄華、紅緒がそれぞれ覚悟を決めた、その時。
「紅緒ちゃん、黄華さん、みんな!」
瑠璃の声が響いたのを合図に、紅緒の胸元から、眩い光が輝いた。
カッ!と強い光が四人を包み、それと同時にヒュドラの激しいブレスが吐かれる。
がしかし、そのブレスが紅緒たち四人を飲み込むことはなかった。
大きな魔法障壁が四人の前に現れ、ブレスから守っていたのだ。
「これ……リーナちゃん?」
紅緒の胸元では、リリアナから貰った、小さなピンクのお守りが輝いていた。
「リーナちゃんが、あたしたちを守ってくれた……?」
紅緒の呟きに応えるように、ピンクのお守りは、その輝きをたたえたのだった――――。
******
「紅緒ちゃん、黄華さん、みんな!」
最後の重体だという騎士さんに回復魔法をかけ終わり、ヒュドラとの戦いの方に目を向けた時。
紅緒ちゃんたちが魔物に囲まれ、なおかつヒュドラが何かの攻撃体勢に入っていた。
危ない、そう思って咄嗟に叫ぶと、紅緒ちゃんを中心に、眩い光が輝いた。
するとその光は、まるで紅緒ちゃんたちを守るかのように包み込み、ヒュドラのブレスを無効化した。
驚きに呆気にとられたが、今は呆けている時ではない。
「“範囲指定治療”!みんな、頑張って!」
魔物に囲まれていた紅緒ちゃんやレオンたちを、回復させる。
私にできるのは、回復。
重体者は回復させ終わった。
あとは、戦場全体を見て、傷を負った人たちを回復させる。
「ルリ様には魔法障壁、物理障壁の両方を施してあります。私もいますので、安心して回復に専念して下さい。ここが、正念場です」
アルのありがたい言葉に、頷きを返す。
「回復は任せて!みんな、頑張って!」
「っ、ありがとう、瑠璃さん!」
私の声が届き、紅緒ちゃんが大きな声で応える。
そして出し惜しみなんてしないとでも言うかのように、攻撃魔法を次々と放っていく。
そして、その真っ赤な瞳が金色に輝くと、特別だと分かる魔法の詠唱に入った。
「いい加減、わらわら湧いてくるこいつら、邪魔ね。――――“灼熱地獄”!」
紅緒ちゃんがそれを唱えた途端、物凄い爆発音と共に、暗い炎が魔物たちを包んだ。
そう、魔物たちだけ。
仲間の騎士さんたちや私たちを避けて。
「これで、ボス一体だけになったわ。後は頼んだわよ!」
「これはこれは――――恐れ入ったな」
「レオン、ルビー隊長!」
「首の誘導は私がする。イーサン、根本からいってくれ!」
紅緒ちゃんから託されたイーサンさん、ウィルさん、レオンがすかさずヒュドラに向かって行く。
お願い、これで――――。
自然と、祈るように組んだ手に力が籠もる。
そして。
ザシュッ!という鋭い音を立てて、ヒュドラの長い首が切り離された。
すると、すべての首を失った巨体はぐらりと傾き、ゆっくりと倒れていく。
「――――やった、やったぞ!」
「さすが団長だ!」
「聖女様たちのおかげだ!」
音を立てて崩れ落ちると、騎士さんたちから大歓声が巻き起こった。
その声にはっとして、私も慌てて紅緒ちゃんたちの所へ駆け寄る。
「紅緒ちゃん、黄華さん、レオン、みんな!」
「待って。喜ぶのはまだ早いわ」
抱き着くほどの勢いを、紅緒ちゃんが制した。
その指差す方を見ると、倒れたヒュドラの体から黒い塊がふわりと現れ出た。
「やはり、ありましたね」
「あれを何とかしないと、喜べないわよね」
そうだった、あの“核”を浄化しないといけない。
三人で頷き合って、黒い塊に向けて手をかざす。
――――と。
『おのれ……聖女、女神の手駒どもめ……』
「しゃ、しゃべった!?」
「待って下さい。何か言っていますわ」
核が話したことに驚く私に、黄華さんがしっ、と人差し指を立てる。
『もう少し……もう、少しだったのに……!あと少し、瘴気を溜めることができたら、我こそが、魔王に……』
魔王?魔王って……
『あ、ああ……次のカラダを見つけなくては……』
「これ以上はダメね。やりましょ」
そう言ってもう一度紅緒ちゃんが手をかざす。
それに続いて、黄華さんと私も同じように手をかざした。
「鎮魂」
「光の導き」
「浄化」
オルトロスの時と同じように、頭の中に思い浮かんだ呪文を唱える。
『あ、ああ……消える……我の、力が……カラダが……』
黒い核が、さらさらと真っ白な粒子に変わり、天井から降り注ぐ光に導かれて、すっと登っていく。
あとに残ったヒュドラの体と首も、黒い砂へと変わり、やがて消えていった。
そして、洞窟が静寂に包まれる。
「――――終わった、わね」
紅緒ちゃんのその言葉で、周囲からまた歓声が上がった。
浄化の神秘的な光景に、騎士さんたちも目を奪われていたようだ。
「ルリ様、お疲れ様です」
「アルも。ありがとう、守っていてくれて」
それに、リーナちゃんも。
紅緒ちゃんたちを守ってくれて、ありがとう。
ラピスラズリ邸にいるだろうリーナちゃんに、心の中でお礼を言う。
「瑠璃さん、黄華さん、ありがとぉぉ!」
アルとほっと息を吐いた時、紅緒ちゃんが泣いて抱き着いてきた。
「あらまあ。気が抜けちゃいましたか?」
「ううっ!よ、かった……誰も、死んでない、よね?」
先程の凛々しい姿とは打って変わって、ぐすぐすと鼻を鳴らしながら周りを見渡す紅緒ちゃんに、騎士さんたちからも笑みが零れる。
「はい!赤の聖女様のおかげで、皆、無事です!」
「ケガ人も、青の聖女様が治してくれました!」
「黄の聖女様のおかげで、魔物たちに負けずに済みました!」
「「「「「ありがとうございました!!!」」」」」
騎士さんたちの元気な声に、今度こそ紅緒ちゃんが号泣する。
「もおっ!ダメかと思っちゃった、けど。みんなの、おかげで、何とかなったわよ!ありがとう!!」
わあわあと泣きながらお礼を叫ぶ紅緒ちゃんを、たくさんの騎士さんたちが囲む。
「ルリ、来てくれてありがとう」
「レオン!良かった……ケガ、してない?」
大丈夫だと微笑むレオンも、戦いが終わって、いつもの優しい表情に戻る。
和やかな雰囲気に包まれたその時、聞き覚えのある声に、突然呼ばれた。
「お疲れじゃったな。ほんに、ようやってくれた」
声のした方を振り向くと、そこには――――。
「め、女神様!?」
創世の女神様が、そこには立っていた。




