努力
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「ルイスさん!」
騎士さんの後を追っていくと、端の方に魔物から身を隠すようにルイスさんが倒れ込んでいた。
「ひどい怪我……それに、毒ね」
「っ、あ……る、り、さん?」
朦朧としているが、意識はあるようでほっとした。
案内してくれた騎士さんによると、どうやらルイスさんは紅緒ちゃんを庇って怪我をしたらしい。
魔法を撃つのに集中しているところを狙われ、ルイスさんが庇いアルバートさんが魔物を倒して事なきを得たのだとか。
ただ、その魔物の牙には毒が仕込まれていたらしく、傷も深かったが、毒による作用でほどんど動けない状態になってしまった。
傷は先程の範囲指定治療でほぼ治ったが、毒はまだ回っているようだ。
「鑑定してみましたが、かなり強い毒ですけど、私の魔法でなんとかなりそうです。“解毒”」
そう唱えた私の手のひらから、銀の粒子が広がる。
「っ……あ、体が、動く……」
その粒子がルイスさんの体を包むと、すぐに効果が現れ、言葉もはっきりしたものになった。
「ルイスさん、良かった…」
「はは。なんとか死なずに済みましたね。ルリさんと……これのおかげです」
そう言ってルイスさんは、懐からお守りを取り出した。
「姉にもらったこれ、毒の耐性の効果がついてて。多分、これがなかったらヤバかったですね」
かなり強い毒だと鑑定でも出ていたが、なるほど。
「……ちゃんと生きて帰って、クレアさんにお礼を言わないと」
「うーん……油断してるな!って叱られそうな気もしますけど」
確かにクレアさんなら、そう言うかも。
ルイスさんとふたり、くすりと笑いあう。
「ルリ様!あちらにも、重体の騎士がいるようです」
「分かった、アル。あ、ルイスさん、これ毒消しの薬です。少しですけど、周りの方と分けて持っていて下さい。じゃ、絶対に死なないで下さいよ!」
そう言ってルイスさんに毒消しの薬を渡し、ぱっと立ち上がる。
「ありがとうございます!全部終わったら、また一緒に孤児院行きましょうね!」
その声に微笑みを返し、アルと共に次の重体者の元へ向かう。
孤児院、か。
「私だって、まだやらなきゃいけないこと、いっぱい残ってるものね」
「ええ。必ず、あなたを守って帰りますよ」
ちらりとヒュドラの方を見ると、レオンは氷の剣で、ウィルさんとイーサンさんは紅緒ちゃんと連携して戦っているところだった。
みんな、それぞれの役目を果たしている。
国を、大切な人を、守るために。
「しっかり!もう大丈夫だから。“最上級治療”!」
見るからに重体の騎士に向かって、魔法を唱える。
誰ひとり、死なせない。
紅緒ちゃんが、相当な覚悟で私たちを喚んでくれたのだから。
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「はっ!赤の聖女サマ、なかなかやるじゃねぇか!」
「とうっ、ぜん、でしょ!“炎柱”!これくらい、なんでもないわ!」
ヒュドラの口から放たれるブレス攻撃を避けながら、紅緒はイーサンの切り落とした首の傷口を狙って、炎の魔法を放つ。
アルバートもまた、そんな紅緒の動きに合わせながら、紅緒を狙う周囲の魔物からの攻撃を防いでいた。
(まあ正直、黄華さんの防御力上昇と回避力上昇がなかったら、こんなに敵と至近距離で戦えなかったけどね!)
いくら訓練を積んだとはいえ、熟練の騎士であるイーサンたちと渡り合えるはずもない。
そのイーサンたちも、黄華の支援魔法でステータスが爆上げされているので、やっとこうして話すくらいの余裕が生まれたのだが。
「残りの首は四つ。一本ずつ切り落とせば、残りはあの本命の首だけだ」
「ルリ様の回復魔法のおかげで、周囲の魔物は騎士たちだけでなんとかなりそうですね。もう少し、頑張りましょう」
レオンハルトとウィルも、そう会話しながらも気は抜かず、攻撃の手も休めない。
油断はできない。
相手は、毒も呪いも使う。
その上、口から吐かれるブレスも強大、食い千切られるかと思うような直接攻撃も恐ろしい。
それに、それぞれ別の首と戦っているとはいえ、あまりに自分勝手な戦いをしては、他の者の邪魔になることもある。
しかし、互いの戦い方を熟知しているこの三人は、まるで共に何度も死地を乗り越えたかのように、自然と連携して戦っていた。
そして紅緒もまた、恐ろしい程の集中力で彼らの動きに反応し、魔法を放つ。
それは、元の世界のゲームで磨かれた集中力と反射なのかもしれない。
しかし、現実でそれができるのは、紅緒がこの世界で努力を続けた結果であり、誰も死なせたくないという、強い思いの表れでもある。
「まずは俺からだな!赤の聖女サマ、頼むぞ!」
攻撃に移ろうとした首の不意をつき、イーサンがそう叫んで剣を振り落とす。
騎士団一とも言われている彼の剛剣は、黄華の支援魔法での物理攻撃力増加により、さらに威力を増してヒュドラの首を襲った。
ズパッ!という音を立て、切り口も綺麗だ。
しかし、その切り口が早くも再生しようとしている。
「“炎柱”さすが第三団長ね!」
その首めがけ、紅緒が炎の柱を作り出す。
切り口は激しい炎に焼かれてひどく爛れ、再生不能となった。
「こちらもいくぞ!」
隣の首が焼かれたことに気を逸らした、一瞬の隙を狙い、レオンハルトが氷を纏わせた剣を振るう。
イーサンのように一撃でとはいかないが、連撃を叩き込むことで、太く硬い首が見事に真っぷたつに分かれた。
しかもその切り口は、再生を許さないとばかりに、切れた側から凍りついていく。
絶対零度の氷柱が首に咲くことになった。
「さすが団長さんですわ!ウィルさんも、頑張って下さい!“速度低下”!」
首の数が減り、ウィルの対峙していた首の動きが俊敏になったのを見て、黄華が魔法を放つ。
突然思うように動けなくなったことに、首が戸惑うのが分かった。
「オウカ様にここまでして頂いて、失敗は許されませんね。――――覚悟してもらおうか」
ここが狙い目だとばかりに、自身の剣に魔力を込める。
そこまで強くないが、火属性魔法を纏わせて、剣の威力を上げようとしたのだ。
「ベニオ様、よろしくお願いしますよ。―――いきます」
そして、目にもとまらぬ速さで、首を粉々に切り刻み、そうして切られた首は、全て燃えてしまう。
間髪入れずに紅緒の魔法も入り、切り口はあっという間に焼かれてしまった。
「これで、残りはひとつね」
「ここまできたら、最後まで油断はしないでくださいよ!」
紅緒と黄華が声を掛け合う。
――――その時。
「グゥアアアアアアーーーーー!!!!」
最後に残った、たったひとつの首が叫び、その一対の瞳が暗く光った。




