矜持
「紅緒ちゃん!?力を貸してって……何か用意してほしいものがあるの?」
戦闘しながらの通信なのだろう、うしろから剣撃の音や魔法の破裂音などが聞こえる。
「ちがっ……追加の、ポーションとかもあると嬉しい、けど!『火炎柱!』そう、じゃなくて……」
恐らく魔法攻撃魔法を放っているのだろう、戦いながらの会話は、なかなか進まない。
向こうの状況は、かなりひっ迫しているようだ。
余裕がないのが分かる。
紅緒ちゃんが何を望んでいるのか、よく分からなくて焦っていると、そこへ慌てた様子の陛下が現れた。
「おい!どうした?通信か!?」
『その声は……カイン?』
「ベニオ!?どうした、何があった!?」
紅緒ちゃんも気付いて、陛下の名前を呼ぶ。
いつも魔王だのあいつだの言っていたのに、ちゃんと名前で。
『ごめん、正直に言う。あたしひとりでは無理。どうしても黄華さんと瑠璃さんの力が必要よ。……騎士が、大勢瀕死状態なの。……ルイスさんも』
瀕死状態、という言葉に、その場にいた私たち全員がさっと青ざめる。
瀕死……しかも、大勢。
それに、ルイスさんもだなんて……。
脳裏に、クレアさんとルイスさんの姿が浮かぶ。
覚悟はしてるって言ってたけど、でも、だからって……。
『団長さんと副団長、それに第三の団長は何とか戦ってる。ポーションのおかげで、死者までは出てない。でも……っ!』
「おい!大丈夫か!?」
通信の先で衝撃音がして、陛下が大きな声で紅緒ちゃんの無事を確認する。
大丈夫との返事があり、みんなでほっと息をついた。
「とにかく、これ以上戦いに時間をかけるのは、危険だわ。意識の無い重体者もいるの。みんなの消耗も激しい。黄華さんと瑠璃さんがいれば、この状況を覆せる!」
私も、黄華さんも、行きたいとは思ってる。
だけど……
「だけど、シリルさんの試練は……?」
紅緒ちゃんが認めてもらえる、またとない機会。
しかし、私たちの戦闘不参加が条件だ。
『……そうね。そうだったわね』
陛下も唇を噛み、ほんの少しの間の後、紅緒ちゃんがふうっと息を吐いた。
『だけど、あたしは、いくつもの命を足蹴にしてまで、認めてもらいたくなんてないわ。今回はだめでも、また何か考えればいい。人の命に、やり直しなんてないんだから。いくつもの命を犠牲にして手に入れた王妃の座なんて、クソ食らえよ!』
必死な紅緒ちゃんの声に、胸が震える。
ああ、やっぱり紅緒ちゃんは強い。
「……そうだな。それでこそ、俺が選んだ女だ」
それまで黙って話を聞いていた陛下が、ゆっくりと顔を上げる。
「アルフレッド=サファイア、リオ=ペリドット。アレキサンドライト国王、カインの名において命じる。黄の聖女並びに青の聖女に付き添い、ヒュドラ討伐の援軍として向かえ。――――絶対に、こいつらを死なせるな」
「「はっ!」」
威厳のある、しかし少しの苦しさを滲ませた声で、陛下がアルとリオ君に命令した。
そして、ふたりもそれに傅いて応えた。
それを認めると、陛下は私と黄華さんの方を向いた。
「――――行って、くれるか?」
「はい!」
「陛下が許さなくても、行かせて頂きますわ」
私たちの返事に、陛下は頼もしいなと僅かに笑う。
「……ベニオを、騎士たちを、頼む」
きっと、今一番駆けつけたいと思っているのは陛下だ。
その気持ちに報いるためにも。
「必ず、みんな揃って帰ってきます」
願わくば、笑顔で。
『……ありがとう、カイン。じゃあ、今からそっちに迎えに行くわよ!』
その言葉の一瞬後、足元の影から紅緒ちゃんの姿が現れた。
* * *
紅緒の魔法で瑠璃たちが遠征先へと転移した後、カインはしばらくその場に立ちすくんでいた。
一瞬だけ見せたその姿。
ありがとう、と泣きそうに囁いた声。
紅緒がその決断をしたことを、カインは誰よりも誇らしく思っていた。
「……宜しかったのですか?彼女たちを戦場に転移させて」
そこへ、静かに近付いてきたのは、シリルだった。
普段の胡散臭い笑みとは違う、無表情で。
「では聞くが、騎士たちの命を犠牲にして戻ってきたあいつを、お前たちは認めるのか?」
クソ食らえだわ!と言い切った紅緒。
どこかの聖女にも言われたことがあったなと、カインは思い出す。
「……結局、何もしてやれないのは、俺だけだということだ」
自嘲気味に笑うカインを見て、シリルは何と声を掛けようかと悩みながら、口を開こうとした。
「だが、あいつらの、ベニオの努力と決断を無駄にはしない。あいつらは必ず無事に戻って来る。ならば、俺がしなくてはいけないことは他にある」
シリルが言葉を発する前に、カインは顔を上げて、はっきりとそう言った。
迷いもなく、彼女たちを信頼していると、その目が語っていた。
そんなカインを、シリルはまるで懐かしい光景を見るかのように、目を細めて見つめる。
『いつか――――』
「……おい、どうした?」
遠い過去を思い出していると、カインが訝しげに覗き込んできたのに気付き、シリルははっと我に返る。
最近のシリルは少し変だと思いながら、カインは一歩身を引く。
「……俺は、一応お前のことも信用している。お前からしたら、俺はまだまだ不甲斐ないから、信頼するに値するような人間ではないのかもしれないが……」
シリルの目をしっかりと見て、カインは言った。
そのあまりに予想外の言葉に、シリルは珍しくも、しばらく呆けてしまった。
そんなシリルの反応に、カインはふっと息を零すと、護衛を伴ってその場から立ち去った。
取り残されたシリルは、物憂げにその背中を見つめる。
「女神よ。彼女たちに、祝福を」
どうか無事に戻って来てほしい。
その呟きは、紛れもなくシリルの本音だった。
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