無力
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討伐隊の状況を聞いた後、シリルは早足で廊下を歩き、自身の執務室へと向かった。
そして扉を閉め席につくと、一人きりになったのを確認して、はあっと大きく息を吐いた。
「黒い核は、もうずっと、”器”を変えて生きてきたのか……?」
小刻みに震える手を、ぐっと組んで落ち着かせようとする。
「今度こそ、約束を守りたいんだ。どうか、聖女たちよ」
この国を、護ってくれ。
シリルの心からの願いに応える者は、誰もいなかった――――。
「シリル宰相、焦っていたわね」
「ああ。あいつのあんな顔、初めて見たな」
解散した後の執務室で、カインとシーラは先程のシリルについて、話をしていた。
「……あの人、いつも何考えてるか分からないけれど、人間らしいところもあったのね」
「あいつは、俺ではない、国に忠誠を誓っている。父王の代でもそうだった。父も言っていたよ、『あれが心から敬い、仕えているのは自分ではないのだろう』と」
では、誰に?
その疑問の答えは、ふたりには分からなかった。
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あの後、私達は各々ができることをするために解散し、私はヴィオラちゃんとアーサー君の元へと向かった。
毒消しの薬を作っているとの話は聞いていたので、その手伝いに。
材料が稀少だし、調合が難しいって言っていたけれど、私の聖属性魔法の効果で、手伝いができるかもしれないと思ったから。
予想通り、私の能力は毒消し薬作りにも生かすことができ、野営の時にでも紅緒ちゃんに通信で知らせて、取りに来てもらおうということになった。
運搬役みたいで申し訳ないけど……。
転移魔法なんて紅緒ちゃんくらいしか使えないし、仕方がない。
そうして今日は心配だから、王宮に泊まらせてもらうことにした。
黄華さんが一緒にと誘ってくれたので、部屋にお邪魔することに。
夕方、毒消し薬作りを終え、アルに黄華さんの部屋へと案内してもらう途中、バタバタと慌ただしく騎士さんたちが駆けていく姿が見えた。
?どうしたんだろう、ひょっとして紅緒ちゃんたちに何か……。
嫌な予感がして立ち止まった時。
「瑠璃さん!」
「黄の聖女様?」
「黄華さん?何かあったんですか!?」
珍しく焦った様子の黄華さんと、リオ君がこちらに向かって走って来た。
息を切らす黄華さんに、私とアルもどうかしたのかと駆け寄る。
「べっ、紅緒ちゃんが……」
「怪我でもしたんですか!?」
ある程度の怪我ならポーションで治るはずだ。
ひょっとして、重症――――そう考えかけると、黄華さんがいいえ!と首を振る。
「団長さんや紅緒ちゃんは今のところ無事です!ですが……騎士のみんなが!回復にも手が回らないみたいで……」
「!どうして!?ポーションはたくさんあるはずなのに!」
「それが……ヒュドラを追って洞窟に入り、戦闘になったらしいのですが、突然、大量の魔物が発生したらしくて……。ポーションも、飲んだり傷口にかけるのにスキができるので、なかなか……」
私の質問に、リオ君が答える。
なんてことだ。
僅かだがかかってしまう回復までの時間。
それが、ここで問題になるなんて。
「水属性の回復魔法と、紅緒ちゃんの広範囲攻撃魔法で時間を稼いでポーションで回復をしているそうですが、なかなか埒が明かないみたいです」
「応援は?呼んだのですか?」
「それが……」
アルの質問に、黄華さんが言いにくそうに口を開いた。
報告役の魔術師さんからの通信によると、まず毒の耐性のあるお守りを持つ者で隊を組み、ヒュドラの後を追ったそうだ。
その後、洞窟を発見した際に、仲間をその周囲に総動員した。
まずは先行部隊だけで洞窟に入ったところ、少し奥まったところでヒュドラに遭遇。
大量の魔物もいたため、外で待機している者たちも呼び、戦闘に入った。
幸い、毒を使うのはヒュドラのみだったので、耐性のない者たちは周りの魔物を相手しているのだが、剣で切っても魔法で打ち払っても、魔物たちは次から次へと湧いて出てくる。
紅緒ちゃんの広範囲攻撃魔法のおかげで何とか凌いでいるが、時間がかかれば、こちらの不利は明白だ。
肝心のヒュドラはというと、毒耐性の人達の支援を受けながら、レオンやイーサンさん、ウィルさんなど、国で一二を争う手練れたちが相手をしているのだが、九つの頭を持つヒュドラに、かなり苦戦しているらしい。
レオンは私が魔法を付与したラピスラズリを持っているから、ちょっとやそっとでは倒れないだろう。
イーサンさんも、ベアトリスさんが作ったお守り――――物理防御力と魔法防御力五倍の石入り――――を持っているから、多少の攻撃では傷付かないはずだ。
だけど、こちらもやはり長時間の戦闘になると、不利だ。
「黄華さんの、支援魔法があれば……」
「瑠璃さんの、広範囲回復魔法が使えれば……」
でも、私たちはその場に行けない。
「くっ!宰相殿の試練さえ、なければ」
アルとリオ君も顔を顰める。
紅緒ちゃんに、転移魔法で連れて行ってもらうことは簡単だ。
でも、それではシリルさんの試練を乗り越えたことにはならない。
どうしたら――――。
黄華さんとふたり、何もできないことが歯痒くて、目に涙が溜まる。
ぎゅっと手を組んで、心を落ち着かせようとしていた、その時。
『黄華さん、瑠璃さん!お願い!力を貸して!』
必死な声で叫ぶ、紅緒ちゃんの声が聞こえた。




