宰相の焦り
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「瑠璃さん、すごくほっとしてたわね。団長さんが無事で良かったわ」
レオンハルトが瑠璃たちとの通信を終えると、アルバートを伴った紅緒が、声を掛けてきた。
紅緒もまた、黄華に通信で無事を伝えていたらしい。
「ご心配をおかけしました。私含め、先行部隊全員が無事ですので、このままヒュドラを追います」
力を蓄えるとのヒュドラの口ぶりだと、あまり時間をおくのは良策ではない。
「そうね。だけど、毒を使う相手に闇雲に戦いを挑んでも、無駄な犠牲を増やすだけだわ。黄華さんと瑠璃さんが作ってくれたお守りに、毒に耐性が付いている騎士を中心に集めましょう。それと、あたしも行くわ」
毒耐性については同意だが、当然のように自分も連れて行けと言い放った紅緒に、レオンハルトは僅かに狼狽えた。
元々この遠征は、紅緒が討伐隊を率いてヒュドラを討てばという話だった。
別に紅緒が倒さなくてはいけないという訳ではない。
そのため、レオンハルトをはじめとする者たちは、紅緒が最前線に出る必要はないと思っていた。
この国を戴く国王陛下が、妃にと望む聖女。
自分たちには見えない、黒い核とやらを浄化する際に、その力を必要とすることはあるだろうが、できるだけその身に危険が及ばないようにと考えていたのだ。
「しかし……赤の聖女様のお守りに毒耐性はなかったと……」
「ああ、それなら、これがあるの」
戸惑うレオンハルトに、紅緒はポーションに似た容器に入った液体を、ポケットから出して見せた。
「ヴァイオレット殿下が、ね。稀少な薬草を使うこともあって、まだ数を揃えられなかったみたいだけど、少しだけ持たせてくれたの」
毒消しの薬だって、と容器を頬に当てて紅緒が微笑む。
なぜそんなものが必要だと分かったのだろうと、レオンハルトが眉を顰めると、ふふっと悪戯が成功した時のように笑った。
「アーサー殿下がね。蛇の魔物なら、毒を使う可能性があるからって。本当に賢い子たちだわ。未来の義姉として、誇らしいわ」
なるほど、これはやられたなとレオンハルトがため息をつく。
しかしそれだけじゃないと、紅緒は更に口を開いた。
「お忘れかもしれないけど、あたしの得意魔法は、闇属性なの。毒も専門よ。目には目を、歯には歯を、毒には毒を、ってね」
その顔が、どことなく楽しそうに見えたのは、気のせいではないだろう。
そういえば赤の聖女は元の世界で、げーむ?とかいう、仮想の戦闘を楽しむ遊戯を好んでいたとルリに聞いていたのだったと、レオンハルトは思い出した。
「……頼もしいですね」
ルリといい、異世界の女性というのは、ただ護られているだけではいてくれないのだなと、薄く笑みを零したのだった。
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「……となると、ヒュドラは前回のキメラよりも強敵ってことになりそうね。毒も呪いも使うって厄介ね」
難しい顔をするシーラ先生の言葉は、多分当たっている。
一度レオンに倒された黒い核は、もっと力を蓄えないといけないと思っているはずだ。
それと、女神様のことも気になる。
「創世の女神とその黒い核とやらには、何か因縁でもあるのか?随分と恨んでるみたいじゃないか」
正に私が思っていたことを口にしたのは、陛下だった。
「それは、どういうことですか?」
そこへ、遅れて現れたのはシリル宰相様だった。
あれ?いつもの穏やかな表情とは違う。
なんだか、焦ってる?
「遅いぞ。シーラ、すまないがもう一度順を追って話してくれるか?」
そんなシリルさんの様子に少し驚きつつも、陛下が席を勧めた。
そしてそれに応えるシーラ先生も同じく、珍しい姿に戸惑いながらも、きちんと最初からシリルさんに説明して聞かせてくれた。
それを黙って聞いているシリルさんの表情を窺ったのだが、少しだけど強張っているような気がした。
?なにか心配なことでもあったのかな?
「――――話は分かりました。ルリ様の推測は、恐らく正しいでしょうね」
シーラ先生の話を聞き終えたシリルさんは、徐に立ち上がると、陛下の方へ向き直った。
「今の話が事実となると、ヒュドラはかなりの知能を持っているようですね。また、学習能力もあるようですし、呪いや毒まで扱うとなれば、オルトロスよりも苦戦するでしょう」
そうだな、と陛下が頷く。
「それでも、陛下はベニオ様を信じて、試練を続けますか?それとも、そんな危険な場所に置いてはおけないと、連れ戻しますか?」
心の読めない眼差しで、シリルさんは真っ直ぐと陛下を見つめる。
その言葉に、陛下は少しだけ目元を歪めせたが、すぐに元の表情に戻ると、静かに口を開いた。
「俺がいくら戻れと声を上げても、鼻で笑って前へ進むだろう。そういう女だ、あいつは」
迷いのない、きっぱりとした声。
そこには、陛下の、紅緒ちゃんへの信頼が含まれていた。
そんな陛下をしばらく黙って見つめていたシリルさんが、ふっと息を吐いた。
「……畏まりました。私も赤の聖女様を信じるとしましょう。ああそれと、今まで通り、影からの援助は良しとしますので、おふたりもどうぞ彼女たちを助けてやってくださいね」
そうして私と黄華さんに向かって、いつもの笑顔でにっこりと微笑むと、踵を返した。
シリルさんが退室し、パタンと扉が閉まると、それまで黙っていたアルが眉を顰めた。
「シリル宰相のあの反応、気になりますね」
警戒してるのだろう、扉を睨むようにして見つめている。
確かにシリルさんのあんな表情、初めて見たし、何かあるのは間違いなさそうだ。
でも……。
「少し心配そうに見えたのは、気のせいだったのかな」
私のそんな呟きに、部屋にいるみんなは、戸惑いの表情をしたのだった。
こちらのお話は、今年最後の投稿になるかと思います。
途中でのんびり更新になった瑠璃たちのお話ですが、ここまでお読み頂きまして、ありがとうございました。
また、感想やブクマや評価、誤字報告もありがとうございました!
来年もどうぞよろしくお願いします(*^^*)




