仮説
******
……えーっと。
まあ、レオンは直接的ではなく、ぼかして話してくれたけれど。
その、つまり……。
「瑠璃さん、ついにやっちゃったんですのね」
「わーっ!?おっ、黄華さん!?」
ひとりレオンの話を反芻していると、耳元でぼそりと囁かれた。
慌てて咄嗟に黄華さんの口をびたんと手で押さえたけれど、みんなからじーっと見つめられている気がする。
それも、生温い目で。
……つまり、あの夜の行為で、私の魔力がレオンに移り、それが呪いを浄化したのだろう。
そして、それがみんなに知れ渡ってしまったと言うわけだ。
ここには察しの悪い人など存在しない。
恐らく全員が、意味を理解している。
レオンが助かったことは嬉しいし、お守りも役に立ったみたいで良かったけど、は、恥ずかしい……!!
どんな顔をしてみんなの方を見れば良いのか分からなくて、座っていたソファで縮こまり身もだえる。
幸運だったのは、誰もからかったりせずに、気付かないふりをしてくれていることだ。
「とにかく無事で良かったわ。一緒にいた他の先行部隊の者は?」
『ルリにもらったお守りで毒を消してまわったら、全員解毒できてピンピンしている。そうこうしていたら、霧が晴れて合流できた』
シーラ先生もあえて触れず、別のことを聞いてくれた。
でも良かった、他の騎士さんたちも助かったのね。
ラピスラズリに付けた効果については、呆れた目で見られたけれど……。
でも、役に立ったんだから結果としては良かった。
「はあ。ふたりがお守りを作ってくれて助かったわね。この分じゃ、ヒュドラとの戦いは大変なものになりそうだもの」
『ああ、本当に。ルリ、それに黄の聖女様、ありがとうございます』
「いえ。私たちにできるのは、それくらいでしたから。役に立てて良かったです」
そう言いながらも、黄華さんの表情は冴えない。
それは、多分――――。
「それにしても、ヒュドラの言葉……。気になるわね」
そう、それだ。
レオンたち先行部隊の無事も確認できたし、その後紅緒ちゃんとも連絡が取れたので、とりあえず通信は切った。
ヒュドラの行方も追わないといけないし、気になることはあるが、のんびり話している時間はないからだ。
レオンによると、ヒュドラは力を蓄えて、って言っていたらしい。
長引けば、その分被害も大きくなる可能性がある。
早急にその足取りを追わなくてはいけない。
そこで王宮に残っている私たちも、いざという時にサポートできるように、集まっていた。
……陛下の執務室に。
「――――なるほどな。そこの青の聖女に色々突っ込みたいことはあるが、感謝しなくてはいけないな。黄の聖女もだ。助かった」
まず、レオンと私の色々については上手く誤魔化してくれながら、シーラ先生が陛下に報告した。
やはりというか、お守りの効果のところで鋭い視線は感じたが、陛下は黙って聞いていた。
「……で、気になるのはヒュドラの言葉か」
『やはり、あの時の……』
『なぜ、生きている?』
『呪い死んだはずでは……』
これらの言葉が示すのは、ただひとつ。
「レオンが以前呪いを受けたと考えられるのは、あの時だけ。それに、ヒュドラは関係がある……ということね」
シーラ先生の言葉に、しんと沈黙が落ちる。
やっぱり、みんなそう考えているんだろう。
この世界に来て、すぐの頃。
私がレオンと初めて会ったのは、騎士団寮の彼の部屋だった。
ただし、レオンはベッドの中、意識がほとんどない状態だった。
魔物討伐の後、原因不明の症状で倒れた彼を、助けてほしいと私に願ったのは、エドワードさんだった。
あの頃はまだ、私が聖女だって知られたくなくて、この力を隠そうとしてたっけ。
レオンを鑑定して分かった原因は、“キメラの呪い”。
討伐した魔物が、息絶える際に施したものだった。
「そしてそんなレオンを救ったのは……ルリ?」
みんなの視線が、私に集まる。
あの時、私が聖属性魔法でレオンを救ったことを、ここにいるみんなが知っている。
でも、原因が“キメラの呪い”であることは、実は誰にも言っていなかった。
別に意図していたわけではない、ただ、その機会がなかっただけ。
みんな、キメラとの戦いの傷が原因だろうと思っていたから、聞かれることもなかったのだ。
けれど、私は全部知っている。
「以前、レオンが倒れたのは、その直前に討伐したキメラの呪いによるものでした。そして、先程ヒュドラが言ったとされる言葉から、私はこう推測……いえ、確信しています」
オルトロスの討伐の後、黒い塊がふよふよとその体から離れたこと。
そして、紅緒ちゃんの、『ひょっとして、次の体を探してるとか?』という言葉。
全部、こう考えれば、繋がるのだ。
「キメラは、オルトロスと同じように、“核”を持っていた。そして、キメラは倒されましたが、その核だけが人知れず生き残り、新しい体を手に入れていた。――――それが恐らく、ヒュドラなのだと思います」
私の仮説に異を唱える人は、誰もいなかった。




