愛称
紅緒ちゃんたちが出発して、二日が経った。
目的の魔物が出る森までは、片道四日程度。
今ところ特に問題はなく、順調に進んでいるらしい。
僅かな時間だけれど、夜にレオンや紅緒ちゃんが通信で連絡してくれて、向こうの様子を教えてくれる。
だがら、向こうの状況が分からなくて不安になることはない。
「だけど、待っているだけってすごく虚しい……」
「なら、さっさと手を動かして下さい」
肩肘をついてはぁとため息を零す私に、ずばっと突っ込みを入れたのは、ヴァイオレットちゃん。
今日は、来週王宮で行われる、ヴァイオレットちゃん主催のお茶会、そのお手伝いに来ていた。
レイ君やリーナちゃんも招かれているもので、もし良かったら色々とアドバイスをくれないかと、ヴァイオレットちゃんから声をかけられていたのだ。
そこで私が提案したのは、テーブルに置く名札。
結婚式なんかでよく見るあれだ。
私も元の世界で何度か招かれて出席したのだが、名札の裏に、一言だが新婦である友人からのメッセージが書かれていて、感激したことがある。
仕事に新生活の準備にと忙しい中、来てくれた人をもてなしたいとの心配りに、胸が温かくなった。
もしも王妹であるヴァイオレットちゃんからの、直筆のメッセージがあったら……。
きっと、招かれた人は驚き、喜ぶのではないだろうか。
そう思って提案してみたのだが、これが意外と乗り気だからびっくり。
カードを手作りする人もいると伝えれば、やってみたいと言ってくれた。
というわけで、こうして私も手伝っていたのだが、遠征隊のみんなのことが気になって、手元が疎かになってしまっていたようだ。
「ご、ごめんなさいヴァイオレットちゃん」
慌てて謝れば、ちらりと横目で見られ、はあっとため息までつかれた。
「……他の者がいる時は、ちゃん呼びは止めて下さいね?」
あああ!私ったら、いつの間にか殿下呼びを忘れていた!
心の中でちゃん呼びしていたから、つい!
「べっ、別に私とアーサーだけの時は構いませんけどね!?一応あなたは聖女様ですし、王族と変わらない地位にいますから、不敬ではありませんし!」
「つまり、気安く呼んでくれても構わないってことだよね?姉様?」
ヴァイオレットちゃんがまくし立てるように話していると、そこへアーサー君もやって来た。
用事が済んだら僕もやりたいと言ってくれたので、呼んでいたのだ。
そんな弟の言葉に、ヴァイオレットちゃんが真っ赤な顔をする。
「そうなんですか!?わ、嬉しい!」
「ヴィオラ……」
「え?」
気を許してくれた感じが嬉しくて、笑顔を返すと、ヴァイオレットちゃんが何やら呟いた。
「……っ!さすがにちゃん付けは無理ですが、皆の前でも、ヴィオラって呼んで下されば結構ですわ!」
どうやら愛称で呼んでも良いとのことらしい。
「えっと、ヴィオラ殿下、でよろしいですか?」
「良いですわ!いちいち確認とらなくも良いですから!ほら、手を動かして下さいルリ様」
ぷいっと顔を逸らすヴィオラちゃん、かわいいぞ。
それに、なんだかちょっと紅緒ちゃんに似ている気がする。
最近まであまり仲良くなれなかったと聞いていたが、似すぎていて上手く歩み寄れなかったってやつかな?
ふたりとも素直じゃないからなぁ……。
あとは、大好きなカイン陛下を取られるかもって、ヴィオラちゃんがヤキモチを焼いたせいってのもあるよね、きっと。
まあとりあえず、互いにずいぶん心を開いてきたみたいだし、良かった。
今回も、遠征のためのポーション作り、頑張ってくれてたもんね。
好きな人たちが仲良しって、やっぱり嬉しい。
「……また手が止まってますわよ」
「あ、ごめんなさい。つい」
そのヘラヘラした笑みで見つめるのも止めて下さい!と怒られたが、照れているだけだと分かれば、微笑ましいだけだ。
そして、そんな私たちを見て笑うアーサー君も、随分表情が豊かになったと思う。
今回のお茶会で、ふたりにもお友達ができると良いな。
もちろん、レイ君やリーナちゃんとも、仲良くなれると良いな。
どうか、お茶会が成功しますように。
そう願いを込めながら、名札作りの手を動かし始めた。
「王弟殿下と王妹殿下とは、随分と楽しそうにされていましたね。扉の外にもよく声が響いていましたよ」
「うん、楽しかったよ。ふたりとも緊張はしてるけど、お茶会には意欲的みたい。友達ができると良いですねって言ったら、ヴィオラ殿下が真っ赤な顔してたわ。本当は、ずっと友達がほしいって思ってたのかもね」
ラピスラズリ邸への帰り道、馬車の中でアルと今日のことを話していると、驚いたような顔をされた。
あれ?私、なにか変なこと言ったかしら?
「いつの間に王妹殿下を愛称で呼ぶようになったのです?」
ああ、そのことか。
つい先程からだと答えれば、そうですかと苦笑いされた。
なによ、別に悪いことでもないでしょうに。
「いえ、悪くはありませんが……。ただ、相変わらず着々と人をたらし込んでいるなぁと思っただけで」
言い方!交流の輪を広げているとか言ってよ!
「そうは言いましても。王妹殿下が愛称で呼ぶことを許しているのは、今まで陛下とアーサー殿下だけでしたからね。貴女を特別に思っていることは、間違いないでしょうね」
「ああ、そっか。でも……」
うーんと少し考えて、口を開く。
「それはきっと今だけで、今度のお茶会とかで、愛称で呼び合えるような友達がすぐにできるよ。これから外に出る機会も増えるだろうしね」
あのふたりにも色々あって、今まではあまり人と関わろうとしなかっただけだもんね。
「ふたりとも、すごく良い子だもの。きっと、仲良くなれる子がすぐ見つかるよ」
良い人の周りには、良い人が集まるものだ。
本人たちが勇気を出して踏み込もうとすれば、きっと。
「それで、仲良くなった子を紹介してもらうのが、今の私の楽しみ。ふふ、どんな友達を連れてくるのかしらね?」
その時は、陛下にも教えてあげないとな。
それを想像して、にまにまとしていると、アルがはぁっと息をついた。
「まあ、そうですね。その“特別”を、特別視しないのがルリ様でしたね」
「特別な人なんて、これからいくらでも増えるわよ。あの子達は、これからなんだから」
脱力したアルに、私はきっぱりとそう言うのであった。




