閑話 *黄華の悩み*
せっかくなので黄華さんのあれこれを……
「…………どうやって渡しましょう?」
紅緒ちゃんたち、討伐隊の出立前日。
私はひとり、朝から悩んでいた。
何をと問われれば、悩みのタネは机の上のコレ。
「瑠璃さんに感化されてしまいましたわね。全く……」
先日、騎士の皆さんのご家族を集めて開かれた、お守り作り講座。
それが無事終わった後、何気なく瑠璃さんに聞いてみた。
『団長さんへのお守りは、どうされるんですか?』と。
私の問いに、瑠璃さんは照れたように笑って、ラピスラズリ邸でゆっくり作るつもりだと答えた。
いつものことながら、瑠璃さんは本当に団長さんのことが好きなのだなと思った。
そして団長さんもまた、瑠璃さんのことをとても大切に思っていることが分かる。
水商売をしていた頃に、お客様から奥様に対しての色々な愚痴を聞くことがあったが、このふたりには無縁のことだなと思う。
その大概が、相手を思い遣る気持ちに欠けていたことが原因だったからだ。
相手を思い遣る、このふたりは、いつもそれが自然にできている。
だから時々薄っすらと見えるオーラも、とても穏やかなものだ。
団長さんに関しては、初めて会った時はもっと温度の低さを感じたものだが……今では柔らかい色合いのオーラに変わっている。
だからといって腑抜けたわけではないところが、団長さんのすごいところだ。
瑠璃さんの前ではあまり見せないが、訓練では、変わらず氷の魔王様っぷりを発揮している。
そんなふたりを見ていると、私にそんな恋愛ができるかしら?と甚だ疑問に思えてしまう。
この世界で幸せになろうねと、三人で約束したは良いが、こと恋愛に関しては、正直自信がない。
まあ、今まで上っ面だけの人付き合いしかしてこなかったツケなのだろうから、仕方がないのかもしれないが。
一応結婚は経験したが、だからといって彼とは互いに親愛の情があっただけ。
「別に、恋愛しなくては幸せになれないとは思っていないけれど」
ただ、良いなぁって思ったし、何となく彼の顔が思い浮かんだので、作ってしまったコレ。
「けど?何ですか?」
ひとり言に言葉が返ってきたことに驚き、ぱっと振り向くと、そこには悩みの原因である、その人が立っていた。
「すみません、一応ノックはしたのですが。随分と深く考え事をされていたみたいですね」
「ウ、ウィルさん……どうしてここに?」
苦笑いして部屋に入ってきたのは、この国の第二騎士団の副団長である、ウィルさん。
第一印象は優しいけれど、軽そうな人。
その後に笑顔で毒ばかり吐く、嫌味な人に変わり、今では何を考えているか分からない人になった。
相変わらず女性ウケしそうな顔だ。
大人の色気があって、夜の街にいそうな、少し影のある美形。
先の遠征の際に色々あって、それ以来、その……こ、好意を仄めかしてくる。
今は、彼の言葉が私たちのことを考えてのことだと分かっているし、彼の過去にも触れて、本当はとても真っ直ぐで優しい人だと知っている。
だから多分、冗談で私に甘い言葉をかけているのではないのだと、思うのだけれど……。
「会いたくて。という理由では、駄目ですか?」
「ま、またそんなことを!」
こうして彼の一挙一動に、あたふたさせられてしまうのだ。
「すみません。今日は、お礼に来たのですよ。ほら、騎士たちにオマモリとやらを頂けた、そのお礼です」
今度は最もな理由を告げられて、ああ……と納得する。
やっぱり冗談だったのかと、少し残念に思ってしまったその心を隠して、にこりと微笑む。
「そんなの、別に良かったんですよ?お忙しいのに、わざわざ副団長のウィルさんがいらっしゃらなくても……」
ああ、またかわいくないことを言ってしまった。
これが瑠璃さんならきっと、お役に立てて頂けたら嬉しいです!とか笑顔で言えるのだろう。
つくづく、自分は恋愛には向いていないと、こういう時に思う。
ほら、ウィルさんも軽くだけど目を見開いて、驚いている。
かわいくないと、思ったかもしれない。
その時、少しだけ胸の奥がつきんと痛くなった。
ああ、もう嫌だ。
こんな自分も、振り回されるのも。
このお守りだって、きっと渡せない。
俯き、咄嗟に手にしていたお守りを隠すように、後ろ手にぎゅっと握る。
もういい。明日からの遠征、お気を付けてって、それだけでも言って――――
「お気遣いありがとうございます。ですが、レオンもいるので、私はそこまで忙しくないのですよ」
「……え?」
意外な言葉に、ぱっと顔を上げる。
「今夜はルリ様との時間を取らせてやりたくて、レオンを帰すことになるので忙しいのですが。早く帰るためにとレオンが張り切っているので、今はそれほど。それに、お会いしたかったのも本当ですから」
何も気にしていないという笑顔で、そう返されてしまえば、ぽかんとするしかなかった。
そんな私を見て、またウィルさんがくすりと笑う。
「私が、会いたかっただけですから。お礼も、私が言いたかった。心優しい、貴女に」
その言葉に、ぶわりと顔が赤くなる。
ま、またこの人は……!
だけど、先程までのモヤモヤした気持ちは、もう胸の中にはなかった。
今なら、渡せる。
そうして、おずおずと手の中のものを差し出す。
これは?とウィルさんが首を傾げた。
……何も聞かずに受け取ってくれれば良いのに。
「っ……一応、貴方は前科がありますから。大したものではありませんが、私の魔力を込めた石が入っています。……お気を付けて」
よし!言えた!良くやったわ、私!
恥ずかしすぎて、顔から火が出そうとはこのことか!というくらい、顔には熱を持っているけれど。
とりあえず言えた。だから早く受け取って。
そうしたら、用事がとか言って逃げられるから!
差し出した手がぶるぶる震えているのに、なかなか受け取ってもらえない。
どうしてよ!とウィルさんを見上げると、そこには意外な表情が浮かんでいた。
「私に、ですか……?」
驚きすぎて言葉が出ない、という様子でお守りを見つめていた。
この人の、こんな顔、初めて見たかも。
いえ、遠征で私が怒った時も、こんな顔をしていたかもしれない。
「そうですよ。前科者なんて、貴方くらいしかいませんでしょう?」
ああっ!またかわいくない言い方!
「……そうですね、命を粗末にする愚か者は、私くらいしかいませんね」
それに、ははっと笑ってやっと受け取ってくれた。……すごく、嬉しそうに。
その笑顔が、なんだか落ち着かなくて。
だけど、嬉しくて。
言い表せない感情を抱えて、私は腕を組み、赤くなった顔をぷいと逸らした。
「ありがとうございます。……今度は、何があっても死なないよう、もがいてでも生きて帰ってきますよ」
そう言ったウィルさんの顔は見えなかったけれど、頭上に影がかかって目線だけウィルさんの方に向けた。
すると、ウィルさんはゆっくりと私の腕を解き、右手を取った。
何を、と思った時には、もうされていた。
ちゅっ……
指先への、キス。
「!え……ええっ!?」
そしてくるりと返されて、今度は軽く、手のひらにも。
「〜〜〜っっ!!?」
もう意味が分からない。
何してるの、この人!
「これは、私の誓いです。必ず帰ってくるとの」
そして、何かをぎゅっと握らされた。
だけど、そんなことよりも今のキスは何なんだと、私の頭の中はぐちゃぐちゃだ。
思考回路が正常ではない。
口を開いても、何も言葉は出てこないし、驚きすぎて顔がまた熱を上げた。
「ありがとうございます。大切にします」
そう言うと、ウィルさんは少しだけ頬を染めて部屋を出ていった。
…………。
「いっ、今のは何ですーっ!?」
そう叫びたかったけれど、ドアの向こうに多分待機しているリオに、聞かれるわけにはいなかい。
なけなしの理性で、私はクッションに顔を押し付けてから叫んだ。
もう嫌だ。
こんな風に心を乱されて、胸が苦しくなって、もうこんなの……。
「好きってことじゃないですか……」
『“心を乱す”と言いますが、それほど瑠璃さんを想っているということでしょう?』
まさか、以前の言葉が自分に返ってくることになるとは。
「……ここまでしておいて、生きて帰ってこなかったら、絶対に許しませんからね」
無事に帰ってきて下さいよ。
どうか、あのお守りが、貴方を守ってくれますように。
そう祈りを込めて、手のひらの中の小袋を握りしめる。
その中に入っているのが、淡い水色の宝石だということに気付いたのは、この少しだけ後のことだ。
新作、投稿始めました!
もしよろしければそちらもよろしくお願いします(*^^*)




