見送り
ふたりだけの温かい時間はそこで終わり、レオンは出立前の準備で早めに出かけた。
私とエドワードさんは王宮で見送りができるけれど、エレオノーラさんやレイ君、リーナちゃんはここでお別れ。
セバスさんやマーサさんも、お気を付けてと涙ぐんで送り出していた。
レオンは苦笑いしていたけれど、みんな心配なんだよ。
それだけ、みんなに愛されてるっていうことだ。
私は、どんな言葉を紅緒ちゃんに贈ったら良いだろう。
ポケットの中に手を入れて、その中に入っているものをぎゅっと握りしめる。
どうか、この石が紅緒ちゃんを守ってくれますように。
そして、気の利く言葉も思いつかないまま、あっという間に出立の時間になってしまった。
「良いの?団長さんの所じゃなくて、あたしの所でのんびりしてて」
「うん。忙しそうだし、昨夜からたくさん時間もらえたから、十分。それに紅緒ちゃんのお見送りも大事だもの」
色々と指示を飛ばすレオンの邪魔はできないしね。
黄華さんと三人、出立までの時間を、紅緒ちゃんの緊張をほぐすために使いたい。
「あら?なんだか余裕ですわねぇ?もう少し、ルリさんも暗い表情をしているかと思ったのですが。ひょっとして、昨夜、何かありました?」
「へ!?い、いや別に何も……」
鋭い黄華さんの言葉に、咄嗟に上手く返せなくて、しどろもどろになってしまったのが良くなかった。
「分かりやすいわね」
「まあ戦場に行く前に……ってお約束ですものねぇ」
対して、ふたりは悟った様子でうんうんと頷いている。
ダメだ、これは否定しても信じてもらえない。
「そっ、そう言う黄華さんだって!私知っているんですよ!ウィルさんにお守り……もがっ」
「そ、そそそんなこと大声で言わないで下さい!っていうかなんでそれを……」
自分だって言ったくせに、黄華さんは慌てて私の口を手で塞いだ。
なぜウィルさんに渡したことを知っているかというと、それは今朝レオンに聞いたから。
お守りの話をしていて、レオンがぽろりとこぼした呟きを、私は聞き逃さなかった。
『そういえば、ウィルも同じようなものを持っていたな。珍しく穏やかな顔で眺めていたが……』
『なにそれ詳しく』
「すっごく喜んでいたみたいですよ?まったく、いつの間に用意していたんですか?」
「ち、違います!たまたま石と布が余っていたから何となく……」
ひそひそと黄華さんとふたりで言い合っていると、はぁと紅緒ちゃんのため息が聞こえた。
「……相変わらずで、なんだか力が抜けたわ。ま、とりあえず瑠璃さんおめでとう」
あ、いつもの紅緒ちゃんの笑顔だ。
でもおめでとう、って何かおかしくない!?
「えーっと、まあその話は置いておきましょう。それより、私たちからもこれを」
黄華さんには後で絶対問い詰めよう、そう思いながらも、今は紅緒ちゃんのことだと口を閉じる。
そして、ポケットの中からお守り袋を取り出し、紅緒ちゃんに差し出す。
「紅緒ちゃんのために、私たちで作ったの。黄華さんのは魔法攻撃力アップで、私のは物理防御力アップの効果がついているわ」
「首からかけられるように、長めに紐をつけましたので、服の中に入れておいて下さいね」
ひとつずつ首にかけてあげると、紅緒ちゃんは嬉しそうに笑ってくれた。
「ありがとう。これ、御守りよね?懐かしい」
胸元のお守り袋を見つめて、紅緒ちゃんの頰が緩む。
うん、もう変な緊張はなさそうだ。
「頑張ってね。紅緒ちゃんならできる。どうしても無理だって思った時は、私たちを呼んでね」
「そうですよ。私たちは三人で協力して、この世界で幸せにならなくてはいけないんですから」
ひとりじゃないよ、そう紅緒ちゃんに伝える。
「――――うん、ありがとう。行ってきます」
晴れ晴れとした表情、きっともう大丈夫だ。
「用意は良いか?そろそろ出立だ」
その声に、周りの騎士さんたちがザッと整列し、頭を垂れた。
陛下だ。お見送りに来てくれたんだ。
「ああ、お前たちは気にせず用意を続けろ。……ベニオ、気を付けて行って来い」
ふたりのことは、みんな何となく感じ取っているので、そっと離れていく。
それと同じように、私と黄華さんも。
そして、黄華さんがレオンの所に行ってはどうかと言ってくれたので、その姿を探すと、最後の確認も終わったのか、愛馬のルカの前で陛下たちを見つめていた。
そこにそろっと近付く。
優しい表情、陛下とは小さい頃から知り合いなんだもんね、レオンもふたりの幸せを願っているのだろう。
「あのふたり、上手くいくと良いね」
「ルリ。……ああ、そうだな」
きっとまた陛下の素直じゃない激励があったのだろう、紅緒ちゃんが眉間に皺を刻んでいる。
あ、でも照れた時みたいに顔が赤くなった。
……えっ!?陛下が紅緒ちゃんの頭を撫でた!?
「いやぁ……良いもの見ちゃった」
「気付かなかったふりをしてやれ。騎士たちもそうしている」
周りを見れば、みんな見て見ぬ振りをしながら、うんうんと頷いている。
……陛下、紅緒ちゃん。
良かったね、少なくとも騎士団のみんなはふたりの味方みたいだよ?
「さて、そろそろ本当に出立だ」
「うん」
ふたりでの別れは、今朝ちゃんと済ませた。
あとは、笑顔で送り出すだけ。
「気を付けて、行ってらっしゃい」
胸は痛んだけれど、ちゃんと笑うって、決めたから。
「ルカも、レオンをよろしくね」
その鼻をそっと撫でると、ヒヒンと返事をしてくれた。
「では、各自配置に付け」
その声に、全員が馬に乗る。
「出立!」
みんな、気をつけてね。
そう心の中で呟き、手を振って大切な人たちを見送った。
******
「みんなのおかげで、変な緊張は解けたけれど……」
馬上の紅緒は、少し盛り上がっている自身の胸元を見た。
そこから、三つのお守り袋を取り出すと、ふっと頬を緩める。
「さっきは言わなかったけど。無事に帰ってきたら、からかわれるのを覚悟で、瑠璃さんと黄華さんにも教えてあげないとな」
その中のひとつを手に取って、昨夜のカインの姿を思い出す。
『……やる。あいつらの付与はないから、特別な効果はないが。ちゃんと無事に帰って来いとの、約束の証だ』
その中に何が入っているのか、紅緒は知っていた。
そしてそれが、何を意味するのかも。
「全く……。あの無愛想な男が、恥ずかしいことをしてくれるんだから」
だけど、それが自分を鼓舞してくれているのも確かで。
何があっても帰ってこようと、紅緒は前を向く。
この世界の、大切な人たちの所へ、必ず。




