贈る
パタンと部屋の扉を閉めると、いつものレオンの部屋のはずなのに、空気が違うような気がした。
私がこちらの世界に来てから、頻繁に訪れるようになったからって、いつもマーサさんやマリアたちが整えているから、変わりはないはずなのに。
明日のことを考えると、不安だからなのかもしれない。
心配かけちゃうから、明るくしていようって思っても、つい考えてしまう。
「少し、お茶でも淹れてもらおうか」
そんな私に気付いているのか、レオンが優しくソファへと誘ってくれた。
そして隣り合って座ると、マーサさんを呼んでお茶と、少しつまめるものを用意してもらう。
そんなマーサさんも静かにお茶を淹れると、温かい表情で、どうぞとサーブしてくれた。
カップにそっと口をつけると、じんわりとした熱と、ふわりと微かな花の香りを感じる。
その時、自分の手が冷たくなっていることにも気付いた。
こくりと一口お茶を含むと、体の中に温かさがしみ渡る。
「落ち着いたか?」
やはり、レオンには気付かれていたらしい。
ごめんねと苦笑を零す。
「良いさ。慣れろとは言わない。それに、ルリや黄の聖女様、殿下方や料理長達が色々と頑張ってくれたからな。ポーションも食事も、それに特別な力の込められた石もあるのだから、むしろ騎士たちの不安は少ないんだ」
そう言われると、私たちが来る以前の騎士の仕事って、とても過酷だったんだなと思う。
騎士のみんなの不安を、少しでも取り除けたのなら良かった。
「それで?俺の分もあるんだろう?」
にこにことレオンが良い笑顔をする。
うっ。ま、まあそりゃ分かるわよね。
リーナちゃんが私と作った、と言っているのだから、私が作っていないわけがない。
「もちろん、あるよ。でも、そんな期待のこもった目をされると……」
ある、と答えた時にレオンの目がさらに輝いた。
うーん、青銀の騎士様はどこに行ったと言わんばかりの表情だ。
だけど、それがすごく嬉しくて。
また、じんわりと心が温かくなる。
「はい。……レオンが無事に戻りますようにって、想いだけは誰にも負けないくらい込めたつもり」
そう言って、おずおずとお守り袋を渡す。
するとまたレオンがほくほく顔になった。
……ちょっとかわいいと思ってしまったのは、内緒だ。
「どんな石なのか、中を見ても?」
「私のいた世界のお守りは、開けちゃいけなかったんだけど……。でも中身が全然違うし、良いと思う」
パワーストーンってブレスレットとかにしてたし、見ても問題はないはず。
そんな軽い気持ちで良いよと言ってしまったのだが、中を見たレオンはなぜか固まってしまった。
ラピスラズリが嫌いってわけはないと思うのだけれど……。
どうしたのだろうと思っていると、徐にレオンが口を開く。
「これは、ラピスラズリ、だよな?」
「?うん、そうだよ」
「意味を分かっているのか?」
「???」
レオンの言いたいことがよく分からない。
首を傾げていると、そうだよな深い意味はないよなと、レオンがぶつぶつと呟く。
「えっと、ダメ、だった……?」
「いや、ダメではないのだが……」
恐る恐る聞いてみたのだが、どうもハッキリとしない。
ではどういうことなのかと聞いてみれば、微妙な顔をした後、はぁとため息をついてレオンが説明してくれた。
「……この国では、求婚する際に、家名の宝石を贈る習わしがあることを、知っているだろう?もちろん俺もラピスラズリだが、ルリの名前も……。その、向こうの世界ではラピスラズリという意味なのだろう?」
…………。
わ、忘れてたぁぁ!!
ということは何!?
私ってば、レオンにプロポーズしたってこと!?
驚愕の事実に、赤くなるやら青くなるやら、とにかく私は大混乱だった。
やはり深い意味はなかったか……と、頬を僅かに染めながらレオンがまたため息をついた。
こ、これは謝るべきところ?
でも、謝ったら、そんなつもりはないって言ってるようなものだし……。
あわあわとしていると、こほんと咳払いをしたレオンが、落ち着けと声をかけてきた。
「たまたま、俺のことを思って選んでくれたのがラピスラズリだったのだろう?大丈夫だ、分かっている。深い意味はないと分かっているから、そんな顔をするな」
「ち、違うの!」
そう言いながらも、少し残念そうに見えたレオンに、私は思わず違うと言ってしまった。
「その、そんな意図があって選んだわけじゃないけど、いずれはそうなりたいとは思ってる……っ!な、なに言ってるんだろ私!ご、ごめん!」
結局まとまらずに余計なことを話してしまった気がする。
もう嫌だ!と涙目になると、そっと温かい手が、頬に触れた。
「分かった。ルリの気持ちはよく分かったから。……ありがとう。俺も、ちゃんとそのことは考えている」
きゅっと抱きしめられ、そう耳元で囁かれた。
耳に直接響く甘い声と、変なことを口走った恥ずかしさで、くらくらする。
ちゃんと考えてる……って。
それって……っ!
「無事に帰ってきて、陛下たちのことも落ち着いたら、ちゃんと俺から渡す。その時は、迷わず受け取ってくれるか?」
声を出すのは恥ずかしい気がして、こくんと腕の中で頷く。
それでもきちんとレオンには伝わったようで、くすっと笑った気配がした。
「だが、正直この状況は我慢がきかないというか……。とりあえず、離れようか」
え、もう終わり?と思ってしまい、手を離そうとするレオンの服を、咄嗟にぎゅっと掴んでしまった。
私の行動が予想外だったのか、レオンがぴたりと動きを止めた。
「……ルリ、悪いが俺はそんなに我慢強くはないん「我慢しなくて良い」
レオンの言葉に被せるように、はっきりとした声で告げる。
「もう、我慢しなくて良いよ。ありがとう、ずっと待っていてくれて」
「ルリ?」
そのつもりではなかったけれど、いつでも良いと、決心はしていた。
その時が、今になっただけだ。
「レオン、好き」
少しだけ震える唇で私の気持ちを伝えると、驚きの表情を浮かべたレオンに、くすっと笑ってそっとキスを贈った。




