掌で
先程のお姉さんとは別れ、ベアトリスさん、クレアさんに後片付けを手伝ってもらった。
ふたりとも、兄弟が戦場に行くことに心配の気持ちがないわけではないが、本人の決めたことだからと、笑っていた。
「一応あんなのでも騎士団長だからね。死なれたらみんなが困るってこと、本人も分かってる。だから、死ぬわけにはいかないって、その気持ちはずっと持っているはずよ」
「そうですね。うちの愚弟も、一応長男ですから。普段はヘラヘラしていますが、戦場では気を抜かずに、死なない努力をしているはずです」
そして、こうして少しでも騎士たちが無事に帰って来れるためにできることがあれば、協力したいと言ってくれた。
「遠征食や、ポーションだってそうだわ。本当に、ルリ様には感謝してもしきれないと、騎士やその家族はそう思ってる」
「その上、こうして私たちにもその手伝いをさせてくれたのですもの。あのお姉さんがお礼を言いに来た気持ちも、分かりますわ」
何気なく思い付いたことだったけれど、そんな風に言ってもらえると、やって良かったなと思える。
そしてそれは、みんなが私にとても良くしてくれているということで。
優しい気持ちには、優しい気持ちを返したくなる。
「ありがとうございます。私も、自分にできることを、精一杯やっていきたいと思います」
そして、自分の大切な人たちを守る方法を、これからも探していきたい。
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「ルリ様の人気、また上がったでしょうね。遠征食やポーションのこともあって、元々騎士やその家族からの人気は高かったけれど」
「何か問題が?」
瑠璃がラピスラズリ邸へと帰った後、送り終えたアルフレッドが、人気の少なくなった食堂で夕食をとっていると、ベアトリスが声をかけてきた。
面倒な人に捕まった、と眉間に皺を寄せるアルフレッドに、ベアトリスはムッとする。
「そうやって、ルリ様を妃にと望む声が大きくなったんじゃない。今回のことで、黄の聖女様もだけど、また人気がうなぎ上りになるわよ?赤の聖女様のことを考えると、複雑よね」
エメラルド宰相が赤の聖女に試練を与えた話は、そう知られているものではない。
恐らく、騎士時代のツテを使ったか、兄を脅したか……。
どちらにせよ、厄介な人に知られてしまったと、アルフレッドはため息をついた。
「そうは言いますが、あのラピスラズリ団長が手放すわけありません。それに、当の陛下ご本人がその気はないと言っているのですか「そうなのよ」
被せてきたことに、アルフレッドは少しイラッとした。
それを隠さずに表情に出しているのだが、歯牙にもかけず、ベアトリスは自分のペースで話していく。
「そこの心配はあまりしていないんだけどさ。でも……なんていうか、仕組まれた感がある気もするのよね」
仕組まれた?その言葉に、アルフレッドは手を止めた。
「あの腹黒宰相よ。ルリ様の優しさを逆手に取って、色々と活躍させて、妃候補として擁立した可能性がないかしら?」
まさか、とアルフレッドは思ったが、思い当たることもあった。
「そういえば、ルリ様の存在を知られたばかりの時、どんな手を使ってでも王宮に引き込むよう陛下に進言したと聞きましたね。破格の条件を突き付けたとか」
それも陛下は本気じゃなかったし、ルリ様はあっけなく蹴ったようだが。
「ひょっとして、宰相は妃として、最初からルリ様に目をつけていたのかしら?」
遠征食にしろ、ポーションにしろ、幼児教育にしろ、直接宰相が勧めてきたものはない。
だが、掌で人を転がすことの上手い宰相のことだ。
可能性はある。
「少し、調べた方が良いかもしれませんね」
「……恐い顔。あんたのそんな顔、久しぶりに見たわ」
普段温和なアルフレッドが見せた、冷たい表情に、ベアトリスは背筋を震わせたのだった。
******
お守り袋講習を無事に終えた私が、ラピスラズリ邸に帰ると、リーナちゃんとエレオノーラさんが迎えてくれた。
なんとエドワードさんにお願いしていた石が、届いたんだって!
早っ!と思ったけれど、早くて困ることはない。
ありがたく使わせて頂こう。
そしてなんと、リーナちゃんもレオンのために作りたいと、石を用意していたみたい。
もちろんエドワードさんにお願いして。
ちなみにエドワードさんの分のお守りは?と聞くと、きょとんとした顔をされた。
うーん。パパの分は……?と涙目になったのではないだろうか。
そのうち、私も魔物討伐に行く!とか言い出しそう。
「あら、それはもう言ったわよ。慌ててみんなで止めたけど。そしてリーナに、お仕事頑張ってねのお手紙を書いてもらって、ご満悦になっていたわ」
ころころとエレオノーラさんが笑って、エドワードさんの反応を教えてくれた。
あ、もう解決していたんだ。びっくり。
そしてリーナちゃん、やりよる……。
ちょっと脱力しちゃったけど、ありがたいことに石が手に入ったし、早速今夜、作ろうかな。
くいっ。
「ん?リーナちゃん、どうしたの?」
「いっしょに、つくってくれる?」
で、出たー!私の服の裾くいっからの、上目遣いおねだり。
相変わらず私は、リーナちゃんのこの攻撃に勝てたことはない。
エドワードさんといい、私といい、リーナちゃんの掌の上で踊らされているようだ。
「勿論そのつもりだよ!今夜で良い?」
「うん!」
ぱあっと綻ぶような笑顔、かわいい。
こりゃエドワードさんやレオンだって、めろめろになるわ。
そこで、はたと気付く。
そういえば、リーナちゃんも光属性魔法が使えるんだよね……それなら!
せっかくだから、石に魔力も込めてもらいましょう。
「レオン、きっと喜ぶよ。楽しみだね」
「うん!がんばってつくる!」
はりきるリーナちゃんを見て、私とエレオノーラさんは顔を見合わせて微笑むのであった。




