初外出
「はい、良いですよ、リリアナ様。とてもお上手でした」
「ありがとうございました」
レッスンを何度か受け、リーナちゃんもかなりクレアさんに慣れてきた。
クレアさんは初めの印象通り、サバサバとしているけれど優しくて、でも甘やかすのではなく、ダメなところはきちんと言ってくれる人だった。
薄紫の長い髪を綺麗にまとめて、服も上品で落ち着いたものを好んでいる。
瞳は鮮やかな赤色で、知的なんだけど色っぽさもある、本当に綺麗な人だ。
演奏会とかしないのかな。
もしやるなら、聞きに行きたい。
「そう言えば、ルリ様もフォルテをお弾きになられるとか?もし宜しければ聞かせて頂けませんか?」
「!るりせんせいのフォルテ、またききたい!」
「えっ!?いやいや!そんな先生に聞かせるようなモノでは!!」
「るりせんせい、じょうずだったよ?」
まずい、リーナちゃんの上目遣い攻撃だ。
これに勝てたことは、まだない。
「…一曲だけね?」
勝てる日は来るのかしら?
「素敵でしたわ。聞いたことのない曲でしたが…。でも、何だか心が洗われると言うか、穏やかな気持ちになれる演奏をされるのですね。私にはない魅力で、羨ましいくらいです」
レッスン後のティータイムで、クレアさんが私の演奏を褒めてくれた。
社交辞令とは分かっているが、それでもやっぱり褒めてもらえると嬉しい。
「いえいえ。先生の演奏も迫力があって、情感豊かで…。演奏会などはされていないのですか?もしあるのなら、是非聞きに行きたいです」
「そうですわね…次の演奏会まで暫くあるのですが、近くなったらご招待しますわ。宜しければリリアナ様やラピスラズリ家の皆様も。」
「わあ!嬉しいです」
「わたしも、いきたいです!」
やった!皆で行けるといいな。
楽しみが増えたぞー。
「それは置いておいて…ルリ様、あれだけフォルテがお上手なのであれば、孤児院などで弾いてみるのは如何ですか?実は私、ボランティアで演奏しに通っていまして…。何やら子ども達向けの話などもお上手と聞きましたし。もし宜しければ、ですが」
「孤児院、ですか」
そっか、この世界にもあるんだ。
実は私、この世界に来て、ラピスラズリ邸から外に出たことがない。
人から話を聞くだけで、外の世界のこと、あまり知ることができていないのだ。
そろそろ外にも出なくちゃとは思ってはいたのだが、なかなか機会がなかった。
なので、これはとても良い提案だ。
「…行ってみたい、です。でもあの、エドワードさんとエレオノーラさんに相談してからでないと」
「勿論ですわ。旦那様と奥様に許可を頂けたなら、是非。良い知らせをお待ちしていますわ」
うん、早速今夜にでも話してみよう。
「ああ、良いのではないか?」
「そうね、子ども達も絵本や紙芝居に夢中になるわよ、きっと」
わあ、あっさり。
「では、その日はリーナ付きはマリアに任せましょう。リーナ、いいね?」
「…いっしょに、いきたいです」
あー、そうだよね。
色々興味を持つようになったのは良いことだけど…侯爵令嬢だし、やっぱり保護者同伴じゃないと危ない。
「そうね。もう少しお勉強して、立派なレディになったら私達やルリと一緒に行きましょう」
「おべんきょう、がんばったら、いっしょにいける?」
「ええ。いつ行けるかは、リーナ次第ね」
「…わたし、がんばる」
おお…エレオノーラさん、なんだか母力上がってません?
リーナちゃんの成長といい、感動だ。
フォルテの練習も順調だし、この調子で色んな勉強も頑張ってほしいな。
孤児院への外出許可を得て、リーナと共に瑠璃が先に退出すると、残った三人は互いの顔を見合ってコクリと頷いた。
「チャンスね」
「はい」
「レオンに連絡するぞ」
三人の心はひとつだったーーー。
「あれ?どうしてレオンハルトさんがここに?」
「聞いていないのか?今日は貴女の護衛のために呼ばれたんだ」
クレアさんと一緒に孤児院に行く日。
いつもとは違う、市井向けの少しくだけた格好と髪型で待っていると、レオンハルトさんが現れた。
「え、レオンハルトさんがそうなんですか?確かに護衛の方が来るからとここで待っていたのですが…」
道案内と護衛を兼ねて、と言われたので使用人の誰かかなと思っていたのだが、まさかのVIP待遇だ。
騎士団長様の護衛とか豪華すぎない?
「気にするな。どうせ今日は公休日だ。それに、孤児院には私も興味がある」
申し訳ない気持ちにはなったが、ここで彼に帰られても一人では行けないので困る。
ここはお言葉に甘えよう。
お願いします、と伝えると、何故かスッと右手を出された。
意味が分からず首を傾げて見上げると、綺麗な瞳と目があった。
「…重そうだ。私が持っても良いものなら、貸してくれ」
びっくりしたが、その優しさが嬉しくて「ありがとうございます」と微笑む。
荷物を受けとるとスッと前を向いてしまったが、その目元が少し赤く染まっていた。
…可愛い、かも。
はっ!いやいやいや!!なに考えてる私!!!
イケメンは鑑賞のみ!
私が目指すのは平穏!!
パタパタと赤くなった顔を扇ぎ、レオンハルトさんの後を追う。
そう!私は今からボランティアとは言え、お仕事なんだから、気を引き締めないと!!
そう言い聞かせてレオンハルトさんの隣に並んだ。




