援護
「試練、か……」
ぽつりと紅緒ちゃんが零す。
先程シリルさんから出された試練。
それは、紅緒ちゃんが総司令官として立ち、レオンやウィルさん、イーサンさんを引き連れて魔物の討伐に出ることだった。
『先日、陛下たちが調査に行かれたことがあったでしょう?あの後、良くない話が出ましてね』
シリルさんの話を聞くと、調査の結果、スタンピードが起きそうな場所が見つかったらしいのだ。
『お前たちがオルトロスを倒した時、黒い核を浄化したと言っていたな。その、黒い核を持っているとされる魔物が現れたらしい』
どんな魔物なんだろうと思い尋ねると、ヒュドラだという答えが返ってきた。
ヒュドラ……って聞いたことあるけど、なんだっけ?と思っていたら、頭が九つある蛇だという。
へ、蛇かぁ……しかも頭が九つ……。
ちょっと苦手かも、と思って紅緒ちゃんの方をチラリと見たが、しれっとした顔をしていた。
そんなに苦手じゃないのな?
すごいなぁと思っていたら、隣にいた黄華さんは顔が引きつっていた。
うん、黄華さん気持ち分かるわぁ。
とにかく、本格的なスタンピードが起こる前に、その蛇の魔物を倒すのが試練ということだ。
『話しにくいこともあるでしょうから、私はこれで失礼しますね。どうぞ、皆様で話し合って下さい』
そう言うと、シリルさんは執務室を出て行った。
そして現在。
「“信じて待つこと”が俺の試練とは、どういうことだ」
陛下がぶーたれている。
「一見ベニオ様にだけ厳しいようですが、陛下にとってはかなり難しい試練となりそうですね」
ウィルさんも苦笑いしているが、確かにそうかもね。
「それにルリとオウカは連れて行かないこと、なんて。魔術師団長としては情けないけれど、回復・援護が疎かになってしまうわ。……宰相のヤツ、なに考えてるのかしら」
シーラ先生、こちらも不満そうな顔だ。
しかもシリルさんへの暴言ひどい。
こうした様子を見ると、陛下と似ている気がする。
さすが血縁者。
「回復に関しては、瑠璃さんがポーションや遠征食など、色々開発してくれたので、まあ何とかなるでしょう。王弟、王妹殿下も喜んで力を貸してくれるでしょうし。ただ、支援魔法については……」
黄華さんが言いよどんだ。
確かに、黄華さんの支援魔法はすごく頼りになるのよね。
それナシってなると、かなりキツイかも。
だけど、私たちふたりがついて行って、さらに私たちを推す声が増えても、試練する意味がないとシリルさんは言った。
まあとにかく、紅緒ちゃんひとりで解決して、周囲に認めさせることが目的ということだ。
「まあルリたちがいない時は、それでやってきたのだからな。最近が恵まれ過ぎていただけで、俺たちも気を引き締めろということだろう」
ずっと黙っていたレオンが、ため息をついた。
少し眉間に皺は寄っているけれど、納得している様子だ。
「そうだな。聖女サマの援護に頼り切っている騎士どもに、喝を入れる機会でもあるな」
イーサンさんもそれに同意する。
しかも、どことなく楽しそうだ。
ま、まあとりあえずレオンとイーサンさんはかなりやる気みたいだし、ウィルさんもそうですねと頷いているから、大丈夫みたい。
あとは、紅緒ちゃんだけど……。
「紅緒ちゃん、蛇は苦手じゃないんですか?」
私はちょっと苦手で……と黄華さんがたじろぐと、目つきを鋭くした紅緒ちゃんが口を開いた。
「超・絶・嫌いよ」
…………。
あまりの迫力に、歴戦の騎士団長ふたりすらも押し黙ったのだった――――。
『まあでも剣で切るわけじゃないから、距離はとれるし、嫌いだからこそ遠慮なく魔法ぶっ放せるから、多分大丈夫よ』
だって。
うーん、紅緒ちゃんたくましい……。
「それにしても、私たちだけ何もしてあげられないのは、悔しいですわね。同じ待つ身でも、陛下には色々出来ることがありますけど……」
試練の話があった翌日。
私は今日も王宮に来ていた。
午後からシトリン伯爵たちとの打ち合わせがあるので、その前に時間のあった黄華さんと一緒にお茶を頂いていた。
紅緒ちゃんは訓練だって。
かなりやる気みたいだけど、無理はしないでほしいな……。
そして、黄華さんもまた、紅緒ちゃんを心配している。
「そうですよね、私たちも何かできないかな……。ついて行くのは無理でも、考えれば何か思い付くかもしれません」
私の場合は……やはりポーションと料理だろうか。
遠征食やポーション作りに参加させてもらおう。
「そうですわね、瑠璃さんの作ったものは美味しいですし、効果も高いですから、みんな喜びますね。さて、私はどうしましょうか」
そうなんだよね。さすがにポーションみたいに、黄華さんが作ったからといって、防御力や攻撃力が上がるものができるわけじゃない。
どうして私の聖属性魔法はオッケーなのに、黄華さんの光属性魔法はダメなのか。
よく分からない。
「ポーションは無理でも……」
「?何か思い付きました?」
「いえ、でももう少し色々考えてみます」
否定はしたけど、真剣な顔の黄華さんは、何かヒントを得たような様子だ。
出発は一週間後。
それまで、出来ることはやろう。
そこで、そういえばと気になっていたことを、せっかくふたりしかいないので、聞いてみることにした。
「黄華さんは、私たちも陛下の妃候補に見られてたって、知ってました?私は全然で。びっくりしちゃいました」
「ああ。うーん、そういう話をちらほらとは耳にしていましたからね。まあでも、陛下の相手など、私はないなと思っていましたから」
そっか、黄華さんなにげに情報通だもんね。
そして笑顔でバッサリと“ない”と言い放った。
陛下相手に、容赦ないなぁ。
あははと苦笑いするが、私だって陛下のことは嫌いじゃないけど、そういう対象として見れるかと言われたら、答えは“ノー”だ。
まあレオンがいるから、陛下じゃなくてもみんなノーだけどね。
とそこまで心の中で考えて、ぴたりとお茶を飲む手を止めた。
そういえば……昨日、どうだったんだろう。
もうひとつ気になっていた話を思い出し、うずっとした私は、笑顔で黄華さんに質問してみた。
「ちなみにウィルさんが相手ならどうなんですか?昨日、半日くらい一緒にいて、何かありました?」
途端、ぶっと黄華さんがお茶を吹いた。
お、この反応は何かあるのかな?
ゴホゴホと咳き込む黄華さんの答えを、わくわくとした気持ちで待ったが、知りません!と言われてしまった。
残念。




